これの続きみたいな感じです




正直ボクはどうかしているのだと思う。
昨日、昨日からボクは変わってしまった。赤司君から興味があると、言われた。それを特別視する必要はないと思っていた。けれどもし必要であれば、彼を愛することも、運命になってしまうのかもしれないと少し諦めていた。だけどそれは彼の意思ではなく、ボクの意思へと変わりつつあるのだと思う。
赤司君に触れられた手が、赤司君の血液を当てられたボクの手は、あの温度と感触を忘れることができなかった。背筋が凍るような感触が気持ち悪くて、怖くて、あの場で振り払いたいと思った。けれどボクが彼に刃向かうなんてことは、何が起きたってできない。だから大人しく、赤司君が満足して放してくれるのを待っていた。赤司君が何を考えてボクにあんなことをしたかなんて、そんなのわかりはしない。だけど、赤司君がボクをからかっているようには思えなくて、きっと本気なんだろうと、そう思えば思うほど怖くなっていく。彼という、赤司君という存在にズブズブとハマっていく自分が。今日も明日も明後日も、否応無しに練習はやってくる。彼と会いたくないのに、会いたい。そう相対する思いがもどかしくて、溜め息が絶えなかった。


「あれえ、赤司っちその手どうしたんスか?」


練習中、青峰君とパスの練習をしていると、そんな黄瀬君の声が耳に入ってくる。手、という単語を聞いただけで、何が起きているのかわかってしまって、赤司君の方を向くのが嫌だった。けれど黄瀬君の声は全員に聞こえたのか、その場にいた全員が赤司君の方向を向いていて、自分だけそっぽを向いているのは赤司君の思うつぼだと思い、意を決して振り返る。と、そこにはやはり包帯を入念に巻いている赤司君がいた。


「ああ、これか」
「珍しいっスね、赤司っちが怪我するなんて」


それは赤司君が自分でやったものです。なんて言葉が出るわけもなく、早く青峰君との練習に戻りたかった。けれど青峰君も、平気かよ、と言いながら赤司君に踏み寄っていて、一筋の希望さえも失われてしまった。半場不貞腐れるように赤司君に近づくものの、言葉は掛けなかった。怪我の原因を聞かれた赤司君は、一瞬だけボクと目を合わせて笑った。そして、嫌な予感がした。


「ちょっとだけ大切なことを教えてあげただけだよ」


包帯を巻いている手を擦りながら、赤司君が笑う。赤司君の周りに居た人は目を白黒させて、どういうこと?と言わんばかりの表情をしていた。そしてボクはたった一人、額におかしな汗を滲ませていた。大切なことなんて、一つだって教えられていない。如何に人間がエゴイストであるか、ということくらいしか教えてはくれなかった。だというのに、彼はああものうのうと話をしている。ボクが、どんなに悩んでいると思って。そこまで考えて、ボクは漸く彼の考というものを理解してしまった。こうやって赤司君は、ボクの中で自分の存在を大きくしていって、それで。そこまで考えて、もう考えることが嫌になった。


「すみません、先に帰ります」


がやがやと賑わっている体育館を後に、ボクはそう言い残して、誰彼の返事も聞かずに体育館を出た。一刻も早くあの場から逃げ出したかった。ボクが今、もっとも聞きたくない名前の人物の話で持ちきりの、体育館から。そうだ、帰りに本屋に寄ろう。そうすればちょっとは気が紛れるかもしれない。そうやって懸命に自分の思いさえも誤魔化して着替えていると、背後から物音がした。


「せめてキャプテンに直接言うくらいの誠意はあっていいんじゃないか?」
「……………赤司君」


満足げに頬笑んでいる赤司君が、そこにはいた。やっぱりボクはついていない、心底そう思うと、彼の周りに刃物がないかだけは確認した。それ類のものは見つからなく、とにかく話くらいはと妥協をした。


「テツヤ、どうして僕を見ないんだ?」


わかってるくせに、なんでそんなことを聞くんですか。そう言い返せるものならどんなに楽だっただろう。目まぐるしいほど自分の思いが交差し、赤司君の余裕染みた表情が余計にボクを苛立たせ、自棄になるようにボクは言った。


「じゃあ、逆に聞きます。どうして赤司君を見ないんだと思いますか?」


嫌味の笑いを浮かべ、ボクは初めて赤司君に意見を返した。そして赤司君もその言葉を聞き、面白そうに笑うと、イスに座り込んで言った。


「答えは一つだろう?君が僕を意識し始めた、それだけだ」


所詮ボクも、彼の駒の一つでしかないんだろう。だからきっと、こうも簡単に人の思いの内を言うことが出来るんだ。そう思った。ぐっと手を握ると、やっぱり赤司君の血の感触を思い出した。少しだけ熱くて、けれど決して良いものではなくて、なのに彼は、それをボクに知ってもらいたいと、そう言っていた。そうだ、ここまで言われて逆に気にしない方が、おかしいんだ。


「………好きだなんて、そんなのおかしいじゃないですか」


たった一度、あんなことをされたがために、赤司君を好きになるというのはいくらなんでも酷薄すぎると思う。最初からボクに権利なんてないのに、断るなんて、そんなことできないと知っているのに、あんなことをした赤司君が憎かった。でも、気になってしまうのも真実で、こうも弱い自分が嫌になった。ボクの中で彼の存在が大きくなっていく。それは即ちどういうことかと言えば、彼なしでは生きていけなくなってしまうということ。
目の前で笑っている赤司君は、ボクと目を合わせると、静かに腕を開いた。そして、おいで、と優しい声で囁く。またそうやって、赤司君はわかりきったことをするんだ。ボクが断らないという、絶対の自信があるから。ならいっそ、もう彼の言うままに生きるのも楽なのかも知れないと感じる。そしてボクは静かに、彼の腕の中に手を伸ばした。こうやってボクが思うことでさえ、彼の厳命になる日がくるのかと思うと、少しだけ目頭が熱くなった。



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -