部活の練習中に倒れてしまったらしい。手から落ちたボールを拾おうと屈んだ瞬間、バランスを保てなくなった身体が傾き、そのまま床へと倒れ込んだ。真っ先に目に入ってきたのは、ボクを心配して駆け寄ってきてくれるみんな。ああ、優しい、嬉しい。そんな不謹慎なことを思いながら、朦朧とする意識の中、誰かがボクを持ち上げてくれた。そこでボクの記憶は途切れている。


「やあテツナ、目は覚めた?」
「赤司君………」


ベッドの横たわっている身体を起こそうとすると、椅子に座っていた赤司君から安静にしていろと一喝され、大人しくベッドに倒れ込んだ。


「貧血だそうだ。──無茶をする前に、言ってほしいものだな」
「……すみません」


赤司君の言い分からするに、最初からボクが貧血になりそうだったというのをわかっていたと言った口振りだった。そしてその通り、ボクは薄々はわかっていたことだ。昨日生理が来て、それで、今日の朝は生理痛がひどかったけれど、薬を飲んだおかげで幾分かマシになっていた。だから大丈夫、なんて言い訳を自分の中で作り、練習にも出ていた。だけどそのおかげでこんな結果になったのだから、啓発な行動は自重するべきだったと今なら後悔できる。
昔は男の子に紛れてバスケをするのが楽しくて、いつからかそれが出来なくなってしまった。男女の諍いを感じてしまったのはいつだろう。もうずっと遠い昔のように思える。女の子と話すことも楽しかったけれど、もう少し男の子と遊びたかったから。そして時が経つにつれ、ボクも女へと変わってしまった。初潮を迎えたその日、母からとてもめでたいことなのだと教えられた。けれどボクにはそう思えなくて、与えられる痛みも止め処なく溢れる血も、全てが悪夢のように思えた。大人の仲間入りね、なんて嬉しそうに話す母を見た瞬間、吐き気がした。


「………赤司君」
「ん?」
「なぜ望んでも居ないのに、大人にされなくちゃいけないんですか……?」


ボクの言葉を聞くと、赤司君は溜め息を吐いていた。やっぱりボクの悩みなんて、赤司君から取ってしてみれば、どうでもいい小言に過ぎなのだろう。でもボクはやっぱり、納得がいかなかった。大人になんてなりたくなかった。こんな痛みを、苦痛を与えられるくらいなら、ずっとなにも知らない子供でいたかった。子を成す為だけに大人にされるのなんて、真っ平御免だった。望んでも居ないのに大人にされるなんて、そんなのおかしいと思う。
ズキンズキンと周期的に与えられる痛みに、シーツを握って涙ぐむ。すると赤司君は、ボクの手をそっと優しく握った。


「テツナ、人間はずっと子供ではいられないんだ」
「………」
「君が何を思ってそんなことを言ったかは知らない。だけど、僕だって大人にはなりたくなかった」


大人は汚い、なんて吐き捨てる赤司君の横顔は、バスケ部を悪く言う人たちを見るときの顔だった。何かあったのだろうかと思ったけれど、それを聞ける状況ではなかったから、あえて黙っておいた。だけど、ちょっとばかり意外だった。赤司君はみんなに比べて大人びていて、ボクの想像だと、大人になるのを喜ぶタイプだと思っていたから。


「でも、それでもボクはやっぱり、大人にはなりたくなかったです」


ぎゅっと赤司君の手を強く握り返し、そう言った。いつかボクも、この痛みを生かさざる得なくなる日が来てしまうのだろうか。その日ボクは、大人になれてよかったと思えるのだろうか。子を成せてよかったと、思えるのだろうか。今のボクからしてみれば全てが否認だ。そんな日が来るとは思えないし、来てほしいとも思えない。こんなことを考えたって、もう何も知らない子供には戻れないんだ。そんなわかりきったことを考えていた。


「もう子供に戻れないなら、僕と大人になればいい」


赤司君はそう言うと、僕に優しいキスをした。一瞬なにが起きたか理解できない後、なにしてるんですかと声を荒げる。そして、大人になりたくないんだろう?と赤司君が笑う。それは赤司君だって同じはずなのに、なんでそんなことが言えるのかわからなかった。だけど、大人を忌み嫌っていた赤司君からそんな言葉が出たのが意外で、ボクは思わず静かにはいと頷いてしまった。




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