紫原撫子、というクラスメイトがいる。ただし俺は顔も知らないし性格も知らない。バスケ部の紫原の双子の妹で、ひきこもりらしい。
「青峰、バスケ行くんなら、これ、今日中に紫原に渡しといてくれ」
少し分厚い封筒。中身は多分、紫原の妹に渡すプリントとかだろう。どうせ部活に行くから、とそれをエナメルにつっこんで部活に向かった。しかしその日は紫原がいなかった。赤司に訊くと「先に帰ったよ」と言われた。面倒くさいけど、担任に「今日中」と言われたからには持っていくしかない。紫原の家は知ってるし、と思って帰りに寄ろうと思った。
インターホンを押すと「はーい」という声がした。なんだか女の子のような声で、なんというか、その、もしかすると。
「お兄ちゃんお帰り!今日は頑張ってビーフシチュー作った、の?」
抱きつかれました。165センチぐらいの女性に。
そのうえ顔を殴られました。
「あなた誰?」
傘を構えた彼女は謝りもせずに俺を睨む。
「紫原撫子のクラスメイトでプリントを届けに来た青峰。とりあえず落ち着け。勝手に抱きついてきたのはおまえだ。それにここ、マンションだろ?」
はっと周りを確認する彼女。髪の毛さらさらで、紫原と違って寝起きの悪そうな目をしていない。愛らしい、と表現してもいいだろう。
「何してんの?」
そこに紫原が帰って来た。隣には赤司?
「おかえりなさい!お兄ちゃん!征十郎くん!」

「え、何?おまえらその歳で同棲?」

俺の率直な感想に紫原撫子は首を傾げ、赤司から笑顔がさっと引き、紫原は口に入れようとしていた雨をぼろっと零した。
「撫子は妹だよ、何言ってるの?」
「いや、おまえは解るけど赤司は何なの?おまえらがそういう関係なのか、紫原撫子と赤司がそういう関係なのか、何なの?」
紫原撫子はずっと首を傾げたままだ。紫原は溜息をし、赤司も頭に手を当てた。
「赤ちんと撫子ちんは兄妹みたいなもんだよ。今日も赤ちんはご飯食べに来ただけー。とりあえず上がってけば?」
紫原は紫原撫子の手を引いて部屋に上がり、赤司も続いて部屋に上がった。「入らないの?」と赤司に言われて流れで部屋に入ってしまった。
きちんと整理された部屋、小物。美味しそうな匂い。彼女の出す四つのビーフシチュー。
「で、何の用?」
「あ、これ。部活の時渡そうとしたらいなかったから」
紫原に渡すと、「ふーん」と言って封筒の中身をちらっとみてゴミ箱にぽいっとした。え?
「何で捨てたんだよ。それ、お前宛てじゃないだろ?」
俺が訊くと紫原が「いただきまーす」と言ってビーフシチューを一口。
「美味しいよ」
そういわれて、小さく「いただきます」と言って食べた、その一口に感動した。
「美味ぇ」
「でしょ?撫子ちんの作るご飯は絶品」
「お兄ちゃん、お世辞はいいよ」
恥ずかしそうにする彼女の頭を向かいから赤司が撫でる。
「美味しいよ、今日もありがとう」
その言葉に彼女は顔を真っ赤にして俯いた。
て、違う違う。封筒の件。
「で、封筒どうして捨てたんだよ」
「後で話そうねー」
はぐらかされた気分のままビーフシチューを食べた。本当に美味しかった。

「で、何で封筒捨てたの?」
ベランダには俺と紫原だけで、妹のほうは赤司と部屋にいるらしい。
「撫子ちんはねー、学校に行かなくてもいいの」
「はあ!?」
声がひっくり返った。
「撫子ちんは家で可愛く家事してるのが一番楽しいみたいだからやらせとけばいいの。親が何ヶ月も旅行行ってるんだよね、うち。放任主義で自由だから親も許してるし撫子ちんもそれを望んでるからいいの」
「本当に、そうなのか?」
「うん、撫子って呼んでやればいいよ。喜ぶからさ。あいつの喜ぶ事を何でもやってやるのが俺のお仕事ー」
「いや、呼び捨てで呼ぶのはいいけど、学校は?義務教育じゃねえのかよ」
「撫子ちんは小学生の時ハーバード大学の過去問全問正解するタイプの人間だからいいのー」
「だからって、」
言いかけた瞬間窓ががらりと開いた。
「お兄ちゃん、赤司くん帰っちゃった。デザートも先に食べちゃったけど、お兄ちゃん食べる?えと、青峰も」
「食べる食べるー」
紫原がさっきの真面目な雰囲気を消して撫子にぎゅーと抱きつく。見ててうざいわこの兄妹。
「撫子、」
「青峰、なに?」
「いや、なんでもない」
そう言って顔を背けると彼女は思い出したようにポケットから携帯電話を出した。
「メアド交換ー」
そういって彼女は俺の携帯電話と勝手に赤外線通信してプロフィールを交換した。
「はやくたべよ?」
彼女の言葉に紫原は「食べる食べるー」といって冷蔵庫からプリンを出し三人で食べた。彼女は今日二つ目らしい。そのプリンも美味しくて、そのまま俺は帰ったけど、彼女を家から出したくない紫原が気にかかった。

開かれた扉の向こうにある世界
20120816
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