この学校に入学して一ヶ月が経つが、未だ見たことのないクラスメイトがいる。その少女は体が弱いらしく、特別に双子の兄、青峰大輝と同じクラス、つまりこのクラスにしてもらってるらしいが一向に姿を見せない。先生に訊いても「体調不良」としか答えてくれないし、青峰大輝に訊いたら「テメェはアイツと何の関係があるんだ?」と睨まれるだけだ。だから彼女の情報など俺は微塵にもないのだ。
ぽつんと開いた席は赤司っちくん(まだ喋ったことないしくん付けで敬意を表そうと思う)の後ろで、青峰っちの前である。そして俺の隣である。小学校なんて数えるほどしか行っていないと聞く。だから本当に顔を知っている人は少ないのだ。
ある日、青峰っちがそわそわしている気がして「どうしたんスか?」と訊いてみた。すると青峰っちはすこうし視線を逸らして「テメェには関係ねぇよ」と言った。もしかすると青峰っちの妹が来ているのかもしれない、と思ったけど保健室の先生が不在の保健室はガランとしていて人がいる気配がしなかった。そんなことをしていると放課後になって、俺は部活を辞めたばかりだったから職員室の先生と少し話をした。理由とか、次入る部活とか、面倒な話だった。一時間くらい話した。
その後教室に帰る。人がいないと感じたが教室の、窓側前から二番目の席、つまり俺の席の隣に誰かが座っていた。黒い髪を風に靡かせて、暖かくなってきたというのにセーターの袖を見せたブレザーを着ている。黒いタイツ、ひざかけとすごい装備である。俺に気づいたのか、彼女はこちらを見た。見たことのない顔だが、どことなく青峰っちに似ていて、つまり彼女は俺の唯一見たことのないクラスメイトで、青峰っちと双子の子なのだと思った。青峰っちと正反対の白い肌、指先から見える水色の携帯電話。
「誰っすか?」
解っているはずなのに訊いてみた。嫌なやつだなあ、と思う。彼女は俺をじーっと見て、溜息をつき再び窓の外を見る。
「青峰美樹。青峰大輝の双子の片割れです」
「俺、黄瀬涼太ッス。隣の席の。よろしくッス」
「え、うんよろしく」
「放課後なんかに教室で何やってるんすか?」
「お兄ちゃん、待ってるの」
彼女は教室の時計を見て「あと二時間」と言った。現在17時である。時間けっこうあるっすね。
「じゃあ俺と一緒にお喋りしませんか?俺、部活辞めたばっかでいま、入る部活考えてるんス」
彼女はコクンと頷いた。前髪がさらりと揺れる。俺が席に着くと彼女はこっちをきちんと向いて「何をお話してくれますか」と首を傾げた。可愛らしい子である。
「ええっと、青峰っち待つんなら体育館とか行けばいいんじゃないスか?」
「ほこりとかダメだから、お兄ちゃんに教室で待ってろって言われたの」
「そうなんスか。大変なんスね。あ、携帯電話持ってるんならメールアドレス交換するっす!赤外線通信っす」
「えと、うん。でもお兄ちゃんには内緒、ね?お兄ちゃん、変な人とメアド交換するなってうるさいの。だからそこはよろしくおねがいします」
変な人って俺のことかな。ていうか青峰っち、けっこう過保護なんすね。
メールアドレスを交換してから俺は彼女と好きな色とか、植物とか、学校生活の話とか、教室での青峰っちの話とかいろいろした。後半は俺が話して彼女が頷く形になっていたけど。彼女の一つ一つの仕草は本当に小動物みたいで、青峰っちと正反対のほんわかしたオーラが漂っていた。青峰っちと正反対。双子の設定にありがちだとは思ったけど、その言葉が一番似合っていた。本当に正反対だったから。
楽しい時間とは簡単にすぎるもので、気づけば一時間四十分が経っていた。そこに青峰っちが息を切らして荷物を肩にかけ教室に駆け込んできた。俺を見ると驚いた表情を一瞬見せたが、そのあとには背後にモンスターらしきものを召還していた。すごく怖い。
「馬鹿!窓開けっ放しとか風邪ひくだろ!?」
青峰っちは彼女の後ろの扉を急いで閉め、彼女の額に手を当てる。少しだったが、優しい手つきに思えた。そのあと「黄瀬に変な事されなかったか?」とか俺がいるのに失礼な質問をずばずばした。さすが青峰っち。悲しくなっちゃうっす。
いろいろ質問とか確認した後、青峰っちは彼女の荷物を持ち、ジャージをかけてやった。青峰っち過保護すぎて気持ち悪い、と思ったけど彼女は体が弱いから過保護になっても仕方がない、と思った。
「帰るぞ」と手を引く青峰っち。彼女は教室を出るときに俺を見た。そして柔らかな笑みを見せた。
「ばいばい黄瀬くん。またね」
彼女は手を振った。
俺に確かに「またね」と言った。それは再び俺と会う、ということだ。

明日は学校来ないかな。

薄幸乙女の持つ水色
20120813
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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