素直じゃない告白みたいなものとか
薄曇りの空。なんとなく憂鬱になりそうなどんよりとした空の下の職員室。クローディオは、長期休暇に入る前に行ったテストの採点作業の手を止め、ため息を吐いた。ため息を吐くと幸せが逃げるとは、誰が言い出した事なんだろう。もし、幸せの数が産まれた時に決まっていて、引き算式で減っていくなら、自分に残された幸せはあとどれぐらいあるのか……考え始めたところで無駄に終わるので、クローディオは意識を隣にいる人物へと移した。
クローディオとは対照的に、鼻歌でも歌い出しそうな陽気な雰囲気を醸し出す人物は、ニーニャ。魔術科の小さな女教師。背の高いほうに分類されるであろうクローディオは、座っている今ならともかく、立っている時は首を曲げないと彼女を視界に捉える事ができない。
「何か良いことでもあったんですか?」
「なんにもないよ〜?」
学科授業の採点作業をする自分の横で、ただぼーっとしていたかと思えば、欠伸をしてみたり。さっきまで何かの書物を真剣に開いていたかと思えば、いつのまにか上機嫌になっていたニーニャ。女性は総じて気まぐれな生き物だと思うが、ニーニャのそれはまた別格だった。ただ、そういった相手の扱い方も比較的慣れているクローディオは、それが大して苦にもならず、基本的にされるがまま、やりたいようにしてもらっている。そのせいなのかなんなのか、最近は良く一緒にいるような気がしないでもない。それは気まぐれに寄ってくる、猫のように。
年上女性がわりと苦手なクローディオだが、ニーニャはその外見と性格のせいなのか、特に苦手意識を覚えなかった。
「魔術考察の本、読み終わっちゃったからさァ〜。今度の休みに新しいの買いに行こーって思って」
この人の術に対する見解好きなんだァと、本を掲げてみせる。
「集中してましたもんね」
自分が横からずっと見ていた事に、気づかないくらい。
「ねぇ、買い物付き合って?」
「え、あぁ、はい。構いませんけど」
突然のお誘いに、少しだけ驚く。しかし特に断る理由もなく、クローディオはすぐ首を縦に振る。
「じゃあ〜、その後他の買い物も付き合って?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、その後お茶も付き合ってくれる〜?」
「はい」
満足そうに笑うニーニャに、クローディオも頬を緩めた。
「じゃあじゃあ、恋愛的な意味でも付き合って?」
「はい、大丈……って、え?」
「やったぁ」
しがみつくように甘えてくるニーニャを、とりあえず離す。不服そうな顔をされるが、そこは流されない。
「ちょっと待ってくださいよ。恋愛的なってどういう感じですか」
「今日から2人は恋人的な?」
「軽すぎますから」
「でもォ」
ニーニャは自分の唇に人差し指をあてて、ゆっくり離すと、クローディオの唇に人差し指をあてた。
「誰にでもは言わないよ?」
一瞬だけ、流されそうになったペースを、慌てて引き戻す。にっこり……と言うにはどこか狡賢そうな笑みを浮かべて、自分を見ているニーニャ。
「そういう感じですか」
「そういう感じかなァ」
「じゃあ、そういう感じで」
「じゃあ、今度のマリアベルの日に寮の前でー」
先ほど甘えてきたのが嘘のようにスルリと脇をすり抜けて。バイバイ、と部屋を出て行ったニーニャ。そして初めて、そう言えばここは職員室だったんだと思い出す。長期休暇中だから学院に職員の姿は少ないほうだから良かったが、じゃなければ確実に誰か来たんじゃないだろうか。
“今日から2人は恋人的な?”
「そんなの、アリなのか?」
気まぐれに笑うニーニャを思い出して、手のひらで顔を覆う。クローディオは冒頭より長めのため息を吐いた。ため息を吐くと幸せが逃げると言うが、これは、幸せを手に入れたと考えて良いのか。もう少し何か明確な始まりみたいなものはなかったのか。流されるように返事をした手前、自分からまた告白なんて事は格好つかない。はっきり伝えてくれなかったから、自分だけはっきり伝えるのもなんだか癪だ。そもそも自分は、ニーニャの事をどう思っていたんだっけ。
次々に、色んな考えが頭を駆け抜けたが、クローディオは首を振った。とにかく、今は気持ちを切り替えて採点だけ片付けてしまわないと。
あきらかに頭の回転が遅くなっている事を実感したクローディオ。ため息を吐きかけて、止める。そんな彼が、ニーニャの気まぐれだが確かな愛情を実感するのは、もう少し先の事。
...end...
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