神涙図書室 | ナノ




  天才を否定して行く先



『この歳でこのレベルの学問を理解するなんて』

『この子は天才だ!』

 そんなんじゃ、ない。
 ただ俺は、空気を吸うように。
 空気を吸う事が、そんなに偉い事なの…?

 その学校は、つまらない所だった。先生は、何を言っても「天才」としか言ってくれなかった。俺が知りたいその“先”を教えてはくれなかったんだ。


「俺、家を出たい。中央大陸のアカデミーに通いたい」

 良く晴れていた日だったと思う。その日、何の前触れもなく俺は両親に切り出した。

「ヘルウェレス…?」

「あなた、今通ってる宮廷魔導士の学校があるじゃない。そっちはどうするの…?」

 心底驚いたというような顔で俺を見た2人。西の国にしては少し暑い空気が、静かに部屋を吹き抜けて行く。

「俺、宮廷魔導士にはならない。今の学校は辞める。今の学校じゃ、いくら居たって何も学べない」

「何も学べないって…。あなた…」

 困惑した顔の母は、判断をしかねるように父をみる。
 今の学校は、宮廷魔導士として王宮に入るための一般教養、礼儀作法、簡単な魔術を教える学校で、魔術についての深い知識は学べないし、先生も大した知識は持ってなかった。俺が知りたい答えを持っている大人はいなかった。皆、俺の答えを天才だ神童だと誉めちぎるだけ。

「ゼクス・ラクリマ…神の涙学院か。噂は知っている。お前はそこで、何を目指すんだ?」

 滅多に俺に構わなかった父が、真っ直ぐに俺を見据えた。父の青い瞳。初めて真正面から見つめた気がする。深い青は衰える事を知らず、その威圧感は、なる程確かに、この人は俺の父親で、俺より長くを生きた人なんだと納得する。
 かと言って、俺も生半可な気持ちで宣言している訳ではない。反らしそうになった瞳を止めて、真っ直ぐに見返し続けて言う。

「知らない事全てを、学びたいんだ」

「それは、今の学校じゃ駄目なんだな?」

「うん」

 今の学校では、解らない事を解ろうとさせてくれない。それだけ解れば宮廷魔導士として十分、それ以降は解らなくても仕方のない事だと言われる。俺は、それじゃ納得いかない。

「俺は、人が言うような天才じゃないし、名誉ある宮廷魔導士になりたい訳でもない、ただ、学んでいたいだけなんだ。解らない事が沢山ある。学んでも学んでも終わりなんかないし、納得なんかできない。たとえ今の学校で人より優れているんだとしても、それは全てじゃない。俺は、もっと広い世界が知りたい」

 真っ直ぐに誰かを見て、こんなに喋ったのは初めてかもしれない。伝えたい事は伝えた。あとは、父が許してくれるか、どうか。

「…血は、争えないと言う事か」

「え?」

「母さんも、昔『蒼き炎と紅き風』と呼ばれる、魔術学術機関に居たんだ」

「学術、機関?」

 母を見ると、ふわりと微笑んでみせた。

「私も、当時王室勤めを期待されていたのだけどね、やっぱり、自分の知識欲に負けて、王室勤めを断って、研究者としての道を選んだの」

「母さんは当時、西大陸の賢女と呼ばれていた」

「母さんが、賢女…?」

 12年息子をやっていて知らなかった事実に、自然に表情が驚きのそれに変わる。父さんが昔研究所関係の職に就いてたのは知っていたけど、まさか母さんもだったとは。

「昔の事よ。その後父さんと出会って、結婚して辞めてしまったしね。今じゃちょっと、無駄な知識を持っているくらいの主婦だわ」

 謙遜するように告げた母は、いつもより少し、昔を懐かしむように目を細めている。

「そうだったんだ…」

「だから、私には止める権利はないし、応援したいと思う。ただ、生半可な気持ちでは無理よ?」

 母さんは微笑んだあと、そう言って少し厳しい顔をした。

「うん、大丈夫」

「父さんはな……」

 言葉を探すように、父さんが口を開いた。

「父さんは昔、自分が王室勤めを目指した。しかし、それはある日叶わぬ夢となったんだ。だから、産まれた子供に、王室勤めを目指して欲しいと思っていたよ。それでお前が宮廷魔導士の学校に通い始めてくれたのが、嬉しかった」

 そう言って微笑まれると、少し後ろめたい気がして、思わず目を伏せていた。

「だが、それが息子の夢を遮る理由にはならないからな」

「行ってきなさいヘリィ。貴方のやりたい事をしなさい」

 柔らかく微笑んだ母が、背中を押すように背に触れた。先ほどまで厳しい表情を崩さなかった父も、穏やかに微笑を浮かべた。

「…行ってきます。ありがとう、父さん、母さん…」

 じわりと。目頭が熱くなったのを隠すように、瞳を閉じて、頭を下げた。

 13歳。季節は少し暑くなり始めた頃。俺は、神の涙学院に入学した。


...END...




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