それが恋だと気づくまで★
「教えてくださいませんか?」
「へ?」
一般教養の教科書を忘れてしまい、双子の兄であるサファイアに借りようと、魔術科棟を訪れたフォエルビー。
入り口付近で、透明感のある美少女に呼び止められた。
「えー、と?」
「これなんですけど……」
戸惑う自分にお構いなしに、何が疑問なのか植木鉢を掲げ、首を傾げる少女。
「ご、ごめん!急ぐからっ!」
「あ」
半ば逃げるようにして、横をすり抜ける。別に何が嫌だった訳じゃない。今まで話した事もない女の子が、自分に話し掛けきた事に、ただ少し、びっくりして。
「……っていう事があってさ。さっき」
目的地である双子の兄の教室。面倒そうに教科書を差し出してくるサファイアからそれを受け取る。その間に、ここへ来る前に遭遇した出来事を話していた。
「ミュリエル・カルディコットだな、それは。魔術科では少し有名だ」
なんでも特殊な環境で育ったらしい、とため息を吐いた。
「だから、知らない事が多いらしいな。疑問を見つけるとそこらにいる者を捕まえて質問攻めだ」
「ふぅん…凄い綺麗な子だよな」
その言葉に、サファイアは呆れたようにフォエルビーを見る。
「やめておけ」
「何が」
「お前の手に負える相手じゃない」
「は……?ちっが……!違う!そういうんじゃなく、一般的な意見だろーが!」
目に見えて顔を赤くするフォエルビーに、だと良いが、と言って、さっさと帰れと言わんばかりに手を振るサファイア。
「俺は犬か!」
「似たようなものだろう」
「違うわっ!」
目的のものは手に入れたし、これ以上食い下がったところで口論に勝てるとも思わない。少しむくれながら帰路を急ぐと、同じ場所に、ミュリエルと言う少女は居た。植木鉢を持って、薄く微笑んでいた。
寂しそうな笑顔だ、と。
何故そう思ったのかわからない。けど、なんとなくそう思って、声を掛けようとした時。
「ミュリエル。またなんか悩み事か?」
「あ、ジェイル先生」
武術科教師のジェイル先生。剣術を専攻しているフォエルビーも、良く世話になっている。その先生が、彼女に声を掛けると、彼女の笑顔は、少し変わったように見えた。
(考えすぎ…か?)
何故、寂しそうな笑顔だなんて思ったんだろうか。
うーん…と、軽く頭を掻くと、その場を離れた。
「ジェイル先生って、魔術科のミュリエルって女の子と仲良いの?」
ある日の専攻授業。その日の担当がジェイルとハゼルになったことで、フォエルビーは彼女の事を思い出す。
「んー?魔術科の子にしては良く話すかな」
「懐かれてはいるな」
「懐くって…お前あの子を犬か猫みたいに」
会話に混ざってきたハゼルに呆れ顔を返すと、フォエルビーに向き直る。
「ミュリエルがどうかしたのか?」
「え?あ、この間、話してるのを見かけたから…」
「そっか。あの子選択が剣術なんだ。だから接点もあるし。兄妹みたいな感覚、かな」
そうなんだ、と。その時まではただそれだけだった。繰り返し新しくなる日常の中に、少しずつ埋もれていった。
そしてまた、フォエルビーは魔術科を訪れる。
「サーファ、ごめん、教科書」
「またかお前は」
苛立ちながらも机から教科書を取り出すサファイア。サンキューと言いながら、教室の隅に、ミュリエルを見つけた。
「あれ…?あの子1年生、だよな?」
制服のカラーがそれを表している。しかしここは、3年の教室。
「ん?ああ。廊下で質問攻めにあって、答えきれなくなって連れてきたらしい」
見れば、教科書やら辞典やら様々な本が、机の上に転がっている。終始穏やかな微笑を浮かべながら先輩達の解説を聞く彼女は、やっぱりどこか作り物じみていて、非日常を感じさせる。やっぱりなんでそう感じるのかは、わからないけど。
「ルビー?」
双子の兄の怪訝そうな問いかけにも応えず、フォエルビーはただ、その姿を見ていた。
それから。度々、魔術科を訪れた時に、見掛ければ目で追い、見掛けなければどこか気落ちして。見掛けた時に、やっぱり寂しそうな笑顔だな、と思えば、笑わせてあげたいな、と思って。ジェイルと話してるのを見掛ければ、なんとなく気が沈むような、苛立つような。
(あれ……?)
ふと、赤髪が目立たないくらいまで赤くなった顔を片腕で覆う。
それが恋だと気づくまで。
どうやら、さほど時間は掛からなさそうだ。
...end...
special thanks!
名月魚々さま
ミュリエル・カルディコット
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