いつか消え去るその日には
「頼まれてくれないかな」
いつものように喚び出された、ある日の夜更け。
(…主…?)
いつもと違った雰囲気の我が主、ヴェルジェが、そこには居た。
「ナイツェは夜と闇を司る精霊だから、僕の身体の事は大体わかってるんじゃない?」
主が何を問うているのかは察せる。ライトエルフとダークエルフという相反する種族の間には、子ができないとされ、できても恐ろしく短命である。しかし主は、そのライトエルフとダークエルフの子でありながら、今年で20を迎えた。
自分は、闇を司る精霊。生き物の命の光が見えてしまう。それを告げる事はしないが、大体の年数は察してしまう。
主の宿す光は、恐ろしく弱々しい。
(………頼みとは)
「僕が死んだら、姫の、メルアス姫の使い魔として、ついてあげて欲しいんだ」
(………)
珍しく真剣な瞳に、しばし思案する。本来主が死ねば、使い魔は契約を終え、また自由に還る。親から子へと引き継がれる場合もあるが、それも特殊なパターンだった筈。
「姫は、強いけど弱い。婚約者のアレスに甘える事はしないだろうし、アレスもそれを強要しない。だから…誰かが後ろに居てやらないとね」
力無く握った手を見つめ、主は呟いた。
「ずっとその役目を果たすつもりで居たけど、僕は多分、もう長くない」
(主………)
「姫も懐いてるし、キミになら、託せる」
(命令なら従うしかないが)
「いや、あくまでお願いだから。無理にとは言わないよ」
(………)
瞳を閉じる。眩い光を持つ少女を思い浮かべた。言葉が通じない自分と、なんとかコミュニケーションを取ろうと試行錯誤する姿。明るい笑顔。気高い瞳。仕えるには申し分ない人族ではある。
「頼めるかな」
(…御意)
「そっか、ありがと」
無表情に、淡々と告げる主に宿る弱々しい光が揺れた。その光が、確かに主の命がそう長くない事を告げていて、少し目を伏せて、言葉を探す。
(せめて)
「ん?」
(長く、生きろ)
ようやく見つけた言葉は、少し残酷だっただろうか。しかしその言葉に少しだけ驚き、目を見開くとすぐ、主は顔を伏せた。
「…不思議だよね」
そう言って今度は静かに天を仰ぐ。満天の星空は、ただ静かに世界を包む。穏やかに、柔らかく。
「1度は捨てた命の筈なんだ。死んでも良い、死にたいって。それをメルアに拾われて、今は死ぬのが…」
その先の言葉を、躊躇うように。オッドアイの瞳が少し揺れる。
「少し恐いんだ」
天を見上げたまま。主は黙り込んでいた。空に、月は浮かんでいない。
例えるなら彼女は、眩い光。主は、姫に会うまで光や色を知らなかったのだと笑って言った事があった。命を捨てたいほどの暗闇の中にいた主を、その真っ直ぐな明るさで救い出した姫。
彼女は、主の死を嘆くのだろうか。
「優しい世界だと、良いな」
それは、死後の世界か、それとも、彼女が残る未来の世界か。
(………)
願わくば、どちらも。
少しでも彼らが、幸せでいられるように。
...end...
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