神涙図書室 | ナノ




  たったひとつのお願い



 どうやら、告白されたらしい。

 ジェイルは、ほんの少し、驚いて目を見開いた。

 言葉と共に渡された、アイリスの花。花言葉は愛、恋のメッセージ、だったか。
 その後、目の前で顔を赤くし、俯いてしまった女性、ハンナを見つめた。その様子に、こちらも若干だが頬の辺りを高揚させ、橙の瞳をぱちぱちと瞬き、傷跡の残る鼻の頭を掻いた。

 真っ直ぐに自分に向けられた、初々しいほどの好意。それを、真っ直ぐに受け取る資格が、自分にはあるのだろうか。この人は、自分より相応しい人と、幸せになるべきじゃないんだろうか。

 女性慣れしていないとは思わない。ただ、こんなにも真剣に、自分でも気づいていなかった本当の自分を見てくれていた人。こんなに暖かい想いを向けられたのは、初めてで。こんな好意には、いったいどうやって応えたら良いんだろう?

 そう考えたところで、どう取り繕おうと、自分の答えが決まっている事に、苦笑した。

「あの、さ」

 顔を上げてくれないかな、と躊躇いがちに声を掛ける。
 俯いたままだったハンナは、少し落ち着いたのか、大分いつもと変わらぬ様子に見える。

「ひとつだけ、自分勝手なお願いしても良いか?」

「あ、ああ、うん!なんでも言って!」

 女性にしては高めの身長を持つ彼女も、自分よりは低い。見上げてくるその様子に微笑をこぼすと、少し、残酷とも取れるお願いを口にする。

「俺より先に……死なないで、くれないか、な」

 だんだんと躊躇いながら。でも、置いて行かれる事が多すぎた自分の、情けなくも、切実な、たったひとつの、願い事。
 逸らしかけた視線を、思い直して正面に向けたまま、ジェイルは言った。

「俺、もう…誰かに置いて行かれるのは、ちょっと無理なんだ」

 困ったように微笑むジェイルを、ハンナは真剣に見つめる。と、次の瞬間には、柔らかく微笑んでいた。

「本音聞けて、嬉しいよ。ずっと、キミのそういう言葉が聞きたかった」

 そしてひとつ頷くと、決意したように、言葉を発する。

「いざとなったらキミもアタシ自身も、アタシが守ってみせるから!!だから、絶対に置いてはいかない。でも、置いていかれもしない!死ぬ時は…一緒が良い」

 だから、寂しい事を言わないで、と。顔を赤くして、告げられた言葉。面食らって言葉を無くしていたジェイルが、また、困ったように微笑んだ。

「…ごめん。男の台詞だよな、それ」

 ポン…と、頭に柔らかく置かれた手。それは良く、生徒にするように。

「ありがとうな」

 そして、と。ジェイルは、ハンナの手を取ると、笑う。

「こんな俺で良かったら、一緒に死んでくれるかな」

 え?…と。しばらく言葉の意味を考えたハンナ。しばらくしてみるみると顔を赤くする。

「それは…そういう意味だと受け取って良いのかな?」

 勘違いだったら凄く恥ずかしいんだけど。そう言って俯いてしまうハンナに、多分、大丈夫。と笑うジェイル。

「まあ追々、な。今はとりあえず、これの答えについてどうぞ宜しく、と言う事で」

 アイリスの花を、ハンナの目の前に掲げる。

「ありがとう…宜しく…!」

 目尻に涙を浮かべて笑うハンナに、微笑み返す。

 アイリスが、祝福するように風に揺れた。

『あなたを大切にします』

 それは、もうひとつの花言葉。

...end...

special thanks...!
.aruka.様
ハンナ・ハミルトン



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