神涙図書室 | ナノ




  甘いお菓子は授業の前に



「おやおや、珍しいものを抱えていますね。カーディナル」

そう呟いて、楽しそうに顔をほころばせた人物に、こちらは思い切り顔を歪めてやる。

「マスターか…」

神の涙学院の学院長が、廊下を曲がった先に立っていた。

「ただでさえ顔色が悪くて悪人顔なんですから、そう不機嫌そうな顔をするんじゃありませんよ、カディ」

もの凄く失礼な事をさらりと言っておきながら、反論の余地を与えず、それはそれとして…と、すぐに視線を俺の手元に落とすと、やはり楽しそうな笑顔でまた目線を合わせてくる。

「その可愛らしい小包はもしかしなくても、感謝祭のものですね」

「だったらなんなんだよ…」

「とんだ物好きも居たものだなぁと」

にこにこと爽やかな笑顔で、こちらを見てくるマスターに、軽く舌打ちをする。煙管をくわえなおすと、溜め息の代わりに長く煙を吐き出した。

その間も、笑顔のまま無言でこちらを見てくる学院長に、なんだか軽い既視感を覚える。金髪、笑顔、マイペース。つくづく自分はこのてのタイプにペースを乱されるのだと、自覚する。

もっとも、軽くどころではない悪意がこもったマスターの方が、いくらか対応しやすいのだが。

全く悪意無くヒトのペースを乱してくる、つくづくマイペースな笑顔を思い出し、煙管をくわえて頭を掻く。

「ルシル先生からですか?」

「そうだけど」

いきなり特定個人の名前が出た事に、多少なりの驚きを声に含めば、やっぱり、とばかりに頷いて微笑む。

「まあ、朝早くのすこぶる機嫌が悪い貴方に、面と向かって可愛らしい小包を手渡していく勇者はあの方くらいですよね」

クスクスと、心から可笑しそうに笑いだすマスター。
物好きだの勇者だの、言いたい放題言って特定個人の名前を挙げているのは、陰口悪口の部類ではないのだろうか。

そんな俺の視線に気づいてか、誉め言葉ですよ?と首を傾げてくる。

「良い傾向だと思いますよ。学生時代から他人を拒絶していた貴方が、最近は良く同僚と話していますしね」

「物好きな教師生徒が増えただけだろーが。俺自体は何も変わっちゃいねーよ」

そう、変わっているのは周りの奴らだ。もともと、マスターにはペースを乱されまくってるのが、良い証拠だ。
無言でマスターを睨むが、やはりどこ吹く風。諦めて、煙管をくわえる。

「あ、いた。カーディナル」

ややあって、後ろから聞き慣れた、だけどあまり聞きたくない声が聞こえてきた。

「藪医者」

「藪は撤回しろ、野良」

「誰が野良だ藪」

「撤回しろっつったほうだけ残してんじゃねーぞコラ」

こちらも、もはや言い飽きた、周りにとっては聞き慣れた口論。神聖術教師…と言うより最早保健医ポジションのナギ。挨拶代わりに口論をするようになったのはいつからだったか。

そんなことより。ナギはその言葉と共に、俺の手元に視線を落とす。

「やっぱお前も貰ってたな」

「あ?」

「ルシルのクッキー」

「なかば強引に寄越されたが?」

ナギは微かに頬を緩ませると、それで?と聞く。

「何が」

「何だよ、まだ中見てねーのかよ。食えよさっさと」

心底つまらなそうに、表情を歪ませる。小馬鹿にしたような態度に、カチンときたのは気のせいじゃない。

「朝から糖分とかありえねぇ」

「おっまえ…そんなんだから年中不健康なんだよ。ヴァンパイアだからって血液ばっか摂取してたら栄養偏ってしゃあねぇだろ。ただでさえフラフラフラフラと目障りなのに。ぶっ倒れたって面倒見ねーぞ俺は」

「別に構わねーよ」

呆れたように小言のような文句を並べるナギに、今度は段々とイライラしてくる。
いや、そのイライラを真っ直ぐぶつけられるだけ、こいつはまだ良い。

「ま、それはともかく、さっさと開けろって。今。この場で」

「何でだよ」

「開けるくらい良いじゃないですか、カディ」

黙って、微笑みながら様子を窺っていたマスターも口を挟む。

「そうだぜ、カディ」

微妙な間が空いた。
「…なんでてめーがその呼び方使うんだよ…」

マスターに乗って、ナギにナチュラルに愛称で呼ばれて心底嫌そうに顔を歪めてやれば、同じように微妙な顔をしたナギの視線とかち合った。

「今のは俺も鳥肌きたわ。これは素直に悪かった、カーディナル」

内容はともかく、珍しく謝ってきたナギは、しかし次の瞬間には待てよ?と手を顎にやる。

「これ俺が慣れればお前への心理的ダメージに使えんじゃねぇ?」

「お前マジで喉潰すぞ」

「冗談だよ、半分な」

「目が笑ってねーんだよ」

笑顔で片手を振ったナギに反論し、煙管をくわえて煙を吐いた。「本当に、仲の良い教師ができて良かったですね、カディ」

「どこ見てたらそうなるんだよ」

「あ、ほら開けろよ、小包」

こいつもどんな話題の戻し方なんだ…。ツッコミ型の教師とは偉大だな、と初めて思う。今まではイスカリオットやツカサの日常の奮闘ぶりを見ても、思うものは何もなかったが、今度から見方を変えてやっても良いかもしれない。

そう思いながら、とりあえず小包を開ける。もういい加減面倒だ。俺がこれを開ける事で全てが終わるなら、もうどうでもいい。早く、この可笑しなペースの空間から解放されたい。

「……なんだコレ」

小包の口を開けると、若干怒気が籠もった台詞が自然と口をついて出た。

出てきたのは、猫と魚だった。可愛らしい小包から、可愛らしい形の、甘い、焼き菓子。

それを良い歳した男が食うって絵面は果たして世に出して平気なのか。

どう反応して良いのやら、微妙な表情のまましばらく固まる。すると、堪えきれず、といったようにナギが笑う。

「予想通りの表情をどーも。んじゃな」

くくっ、と口の端を持ち上げるようにして笑いながら、ひらひらと手を振り、ナギは保健室方向へと、消えた。相変わらず何かが癪にさわる。

「あいつマジで何しに来やがった…」

「貴方の反応を見に来たんでしょうねぇ」

クスクスと、手元で口を隠しながら笑うマスター。十中八九そうだろうが、怒る気力も沸かず、甘い香りに手を伸ばす。

一口で口に放り込み、良く味わいもせずいっきに飲み込む。それでも口内に甘さが残って、久々の甘みに懐かしさを覚え、もう一枚を放り込んだ。
好んで食べたりはしないが、甘い物は苦手でもない。甘い香りは、控えめに、しばらく残っていた。

「お返し、しなくてはいけませんよ?」

「めんどくせぇ…」

「駄目ですよ?決まりですからね?」

有無を言わせぬ笑顔。めんどくせぇ。もう一度だけ呟くと、部屋へ戻る道を歩き始める。

どうせ授業は昼過ぎまで無い。部屋に戻って少しは寝られる。

「ヴィント、リッテ」

部屋に付くと、使い魔を喚び出す。すぐさまヴィントが姿を現し、ややあって、リッテが現れた。

「何ですか、カーディナル」

「………」

無言でじぃ…とこちらを見上げてくるリッテを、ヴィントが後ろから手を伸ばし、リッテの首のあたりに腕を絡めるようにして手を組み、抱く。

「時間まで少し寝る。起こせ」

「了解しました」

「それと」

小包を前に出すと、クン、とリッテが鼻を動かした。

「食?」

「しかし、貴方が貰ったもの。頂けません」

「良い」

甘い香りに未練はあるが、もう、十分。リッテが手を伸ばしてくる。血肉でも無く、食い甲斐も無かった事が不満なのか、薄いクッキーを手のひらで弄ぶ。しかし飽きたらしい。興味を失ったように、とりあえず口に入れた。

「…甘い」

呟くと、完全に興味を失ったのか、空を見つめた。

ヴィントは、興味深げに眺めると、目を細めた。

「可愛い、形。カーディナル、これは……魚と、ね」

「黙れ」

散々言われ、うんざりしていた単語。本当に悪意や他意無しでこれが作れてしまうのか。いや、恐らく、絶対に作った本人に他意や悪意はないのだろうが。
嬉々としていたヴィントは、少しだけしゅん…とすると、クッキーを少量手に取ると、すぐには食べずに紙にくるんで、懐に大事そうに仕舞った。

「おなかすいた」

呟くようなリッテの言葉を後ろに聞きながら、ベッドに横になると、すぐ目を閉じる。

お返し…面倒だ。やはり厄介なものを受け取ってしまったのかと舌打ちするが、貰って食べたものは仕方がない。スルーを決め込むと、マスターが余計面倒な事をしそうだ。

面倒なしきたりを作った文化に苛立ちながら、閉じた瞳は自ら生み出したその闇すら認識しなくなる。

どうせ、まだ先は長い。
とりあえずは、まだ冷える2月の空気の中、静かに眠った。


...end

 



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