明日を望まない心
「明日なんて、来なければ良いと……願った事はありませんか」
顔には、いつものように、貼り付いたような微笑を浮かべて。でも、どこか寂しさを感じさせながら、クォルヴァは問いかけてきた。
「突然、どうしたんです?」
いつも余裕の表情で全てを受け流しているような、自信に溢れた彼にしては、消極的すぎるその問いかけ。
私はとっさに答える事ができず、しばし間を空けて、質問を返した。
「明日が来るから、今不安を感じる。ヒトに未来など無ければ、永遠に繰り返して行く今日があれば、誰も…」
そこまで言うと、いえ…と軽く首を振り、何でもありませんと言うと、クォルヴァはいつものように微笑を浮かべた。そこに、もう寂しさと言う感情は浮かんでいない。作り物じみた微笑だけが、目の前にあった。
「貴重なお時間を無駄に割いてしまいましたね。すみません。私は、これで」
失礼します、と、私に背を向けて歩き出す。その背中は、やはりいつもより少し寂しそうに見えた。
「クォルヴァ!」
そう感じてしまうと、思わず彼を呼び止める。ゆっくり振り返ったその顔は、やはり微笑んでいたけれど、瞳は冷たく、彼の闇を感じさせた。
「明日、何が起きるのかは、私にはわかりません。けれど、今を不安に思う事もありません。明日、何があるかわからないから、今を精一杯楽しむのだと思います」
「模範的回答ですね」
クスリ、と。からかうように、微笑がこぼれ落ちる。
「明日、大切な人との永遠の別れがあるとしてもですか」
「それが、迎えるべき未来なら、受け入れるしかないのだと」
「そうやって明日を迎え続けて…自分だけが取り残されて行くとしても、ですか」
「…クォルヴァ?」
「ヒトの一生には、限りがある。限りない生を持つ者からすれば、ヒトの一生など一瞬。当たり前のように明日を迎え、当たり前のように歳を重ね、当たり前のように死んで行く。それは、残酷な事ですよ」
「……貴方は、永遠を望むのですか」
どこか遠くを見ながら語ったクォルヴァに、ほんの少しの狂気を見た気がして、一歩後に引いた。
「私は、永遠は望みません。そんなもの、無意味です」
少しだけ、寂しそうに微笑んだ彼の心情を図る事はできず、ただただ、彼の言った言葉を、頭の中で、反芻した。
「もしかして、長命族………学院長達の事を、仰っているのですか?」
「…明日なんて来なければ。今存在する全ての者と、生を共にできるのでしょうか」
私の問いには答えず、彼はそうとだけ呟くと、その場を去った。
永遠に共に。そんなものは幻想だ。そう思わなくはない。
けれどやはり、独りは、怖い。
それでもずっと続いて行く永遠なんて、それもまた、孤独だと思う。
ヒトの想いが永遠ならば、良いのではないだろうか。たとえ、取り残されたとして、その心に、先立った者の想いが残ったならば、それで、良いのではないだろうか。
“明日なんて、いらない”
そう言った彼の、全てを知る事はできないけれど、ただ、なんとなく分かる事がある。
彼は、孤独を恐れている…と。
その様子は、ある1人の男性と、良く似ていた。
孤独を望み、愛し、同時に、ひどく恐れている。ただ、その事に気づけないでいる、不安定に揺れた瞳。
「クラウス……」
相容れない彼等の根本にある心は、恐らく一緒なのだろう。
だからこそ、必要以上にお互いを嫌い合う。それは、自らの認めたくない部分を、目の前に突き出されたような、感覚。
明日を望まない心。
それほどまでに、この世界は生き難いのだろうか。
空を仰ぐと、真っ白な月が、空にぽっかりと穴を空けていた。
結局、誰が何を思おうと、どうしたって…また、明日はやってくる。
...end...
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