神涙図書室 | ナノ




  優しい、音



『ハクっ!』

目を閉じて、耳を澄ませば、まだ何処からか、あの声が聞こえる。

『ハクメイっ!』

いつもその優しい音が、自分の名前を奏でる度に、場違いなような、相応しくないような、どうしようもない感覚に襲われた。

『私、死ぬのね』

綺麗だった音は、驚くくらいに、弱々しくこぼれ落ちた。
今この世界に、優しかったあの音…君の声はもう存在しない。
どんなに望んでも、もう、聞く事が出来ない。
君がいない、この世界に、自分だけ生きる意味など無いと、一度は諦めた命。

『ハク……あなたは、生きてね』

最期の瞬間。泣きながら、俺が生きる事を、君は望んだ。

世界は、時に残酷だ。
人として、人を愛し、生きて行く意味を与え、いとも簡単に、その意味を奪ってゆく。

遺された者の心情も知らぬまま、時間は、流れていく。

あの時の記憶、傷跡、何もかもが、時と共に、緩やかに、消えていく。

それでも消えない、君の優しい、音。残り続ける、君の笑顔。

さようなら、唯一人、愛した君へ。


...end...

 



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