神涙図書室 | ナノ




  I wanted to be loved by you. ※



 なりたいものや、望むものなどなかった。
 労せずともそれなりの生活は送れていたし、世界に何か夢を見るほどの純粋さは、若い頃からなかった気もする。

「メイナードが、俺を愛してくれる女性なら良かったのに」

 エルフラム。
 無邪気な顔で笑うこの男が堪らなく愛しかった。
 誰かにこんな感情を抱いたことなどなかった。
 愛情など鼻で笑って、私利私欲の絡む感情ばかりを相手にこの手に抱いてきた。

 愛など。愛、など。

「早く、誰か俺を愛してくれないかなぁ……」

 寂しそうな、物欲しそうなその顔は、こちらを見てくれない。

 愛している。
 愛している、のに。

「次の子は俺を愛してくれたら良いなぁ」

 愛おしそうに素材を見つめる姿に、その“まだ人の形を為さない”素材すらぶちまけたくなる。

「素敵な方が造れると良いですね」

 心にもない言葉を吐いた。しかしそれに満足そうに頷くと、彼は、興味を完全にECとなる素材に向けた。
 私など、いないかのように。

 その無防備な背中に手を伸ばすのは、いとも簡単なように見えた。それでも、この、手を伸ばせば届きそうな距離が埋まることはないのだろうか。

 貴方に愛を伝えられる存在になりたい。
 貴方からの愛が欲しい。愛されたい。
 相手の幸せが自分の幸せ? 反吐が出る。
 自分本位な愛で何が悪い。
 世界には愛がある。
 受け入れられない愛でも確かに“愛”がある。

“愛”

 誰かがそれをエルフラムに教えるのだろうか。
 それは、何故私ではいけないのだろうか。
 何故エルフラムは私の愛を否定するのだろうか。
 あんなにも愛を欲しがって、何故。
 私が男だからか。性別になんの意味がある。
 それでも……それでも。

 貴方を愛せるならば女になりたい。

 霞んだ世界を不思議に思って瞬きをすると、自分が泣いているのだと理解した。

 なりたいものや、欲しいものなどなかった。
 愛情など鼻で笑って生きてきた。

 それでも今は。

 溢れ出しそうな感情に蓋をして、気を緩めれば気持ちを伝えそうになる口を噛む。血が滲む。涙と血の混ざる味がする。

 ねえ。
 “誰か”だなんて曖昧な言葉を吐くなら、私でも良いじゃないですか。

 ...end...





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