ゼアルの話
どこかで、期待していたのかもしれない。
昔、国を出たという兄が、きっと、この国を何とかしてくれるのではないかと、そんな、身勝手な、期待を。偶然に出会った兄は、すっかり教師としての道を生きていて。それに、少なからず腹を立てた自分自身に、がっかりした。
(何にも期待なんかしないって決めていたのに)
それでも、恨み言のひとつでも言ってやろうかと初対面を果たすと、彼の浮かべたひどく人間らしい表情を見て、この人はもうあの国の人間ではないのだと、納得する。
「どうして……貴方だけがこんなところで穏やかに暮らしているんです……?」
言うつもりのなかった幼い八つ当たりが、その男の顔を曇らせた。
「どうして……」
その言葉に、顔を曇らせるほどの人間味を得てしまったのですか。
end
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