神涙図書室 | ナノ




  はじめてえらんだオムライス ★



 昼休みの食堂で。ラティーファは、困ったように眉を下げていた。

「あの……」

 いつものように、ルームメイトとお昼ごはんを食べに来た。そこまでは良かった。けれど、今日はなんだか、様子が違う。いつものように、ティターニアがメニューを決めるのを待っていると、不意に、言われたのは。

『今日は、あなたがメニューを決めるのよ』

 予想もしなかった言葉に、きょとんと目を瞬かせ。当然のように答える。

『ティターニアといっしょので良いよ?』

 そう言うと、向かい合った相手は、顎に手をやり、そろそろ良いかしら……と。何かひとりで納得したように、頷いたのだ。

「じゃあ、訊き方を変えるわね。あなたは何か食べたいものある?」

「ティターニアといっしょで良い……」

「あのね、聞いて? あなたは、何が、食べたいの?」

 言い方こそはっきりしているが、まだどこかで様子を窺うようなニュアンスに、甘えるように視線を下げる。

「……ティターニアが食べたいもの……」

「わかった。じゃあ、今日私が食べたいのは、ラティーファの食べたいものよ。選んでみて」

「それは、ラティーファにはむずかしいと思うの……。ほんとにね、ティターニアの食べたいものが、ラティーファは食べたいから……」

 だからね、と続けようとすると、遮るように頷いた。

「そうね、じゃあ、最初は今日のおすすめから選びましょうか。はい、メニュー」

「いじわる……」

「いじわるくない」

 大分優しい方よ、という目の前のティターニアに、うう、とうなり声を漏らし、目線で微かな抵抗を試みる。しかし、意に介さない様子の相手は、長期戦を覚悟したのか、持っていた本を取り出し始めた。どうあっても、先に選んでくれる気はないようだ。どうして急に……と、成す術なくぼんやりと渡されたメニューに目を通す。おすすめが可愛く描かれたメニューは、学食と言えど、学院都市のレストランやカフェにも劣らないらしい。

 ちらりと、ティターニアの様子を窺う。いつもの表情からは、彼女の感情は読み取れない。少なくとも、怒ってはいないことは確かだろう。けれど、このまま時間が掛かってしまったら……。一通り眺めて、やっぱり駄目だと、言おう、と。そう考えていたら、あるものに目が止まる。

「オム、ライス……?」

 ん? と、ティターニアは顔を上げた。
 ハッとして、でも、いま呟いた言葉を手放さずに告げてしまおうと、そのまま続ける。

「オムライス……で、いい」

「"で、良い"……なの?」

 じとっと、細められた目に、慌ててブンブンと首を振る。

「オ、オムライスがいいっ……!」

 慌てて言い直す。ティターニアは、まるで真意を確かめるようにこちらを見る目線を上下させた。ドキドキしながら、駄目だった? と尋ねる。すると、いいえ、と首を振り、ちょっとだけ微笑んだ。

「じゃあ、それにしましょ」

 2人分頼んでくるわ、と立ち去るティターニアを見送り、ラティーファはもう一度メニューを眺める。描かれた中で目に留まった、黄色くて、ふわふわの。それに赤く注がれたケチャップと、添えられた緑の小さな葉っぱ。

「オム、ライス」

 初めて自分で決めたメニュー。それを反芻する。聞き慣れないネーミングと、何かを選んだ高揚感。食べたくて選んだかと訊かれれば疑問は残るが、何だろう? と、気になって思わず口に出してしまった。美味しくなかったらどうしよう……ティターニアも一緒に食べるのに。やっぱり選んでもらえば良かった……と、ぼんやり考えれば、泣きたい気持ちになる。

 誰かに合わせるのは楽だった。一緒にしていれば、相手も楽しいし、相手が楽しいならそれで良いのだろうし、自分もそれなりになんとなく毎日が過ぎていく。

 それでも。

"オムライス"

 初めて自分で発したその言葉が、何だか特別に響くのは何故だろう。

 キシュワードに、訊かなきゃ、と。
 なんとなく誇らしい気持ちで、ふにゃりと顔が緩み、びっくりして、慌てて口元を両手で隠した。それが、嬉しいとか、楽しいとか、そういう感情の類いであることを理解するのは、まだ、もう少し時間が必要そうだ。

...fin

Thanks...!
ティターニア・シュラプネル 魚住ななさま宅



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