神涙図書室 | ナノ




  終わりを望むのは



 朝、自室で目が覚めて、ふと、どうしようもない虚無感が心を支配した。飛び起きるように半身を起こすと、いつも控えているはずの使魔が側にいなかった。

「イフ……?」

 問い掛けてみても、姿を現すこともなく、気配もなかった。慌ててベッドから降り、支度をする。こういうときばかりは、右手が使えないのがもどかしい。この体は、思うように動かない。
 そうしている間にも、使魔であるイフが姿を現すことはなく、焦りにも似た感情が、胸を掻き乱した。いつも。いつも、頼んでもいないのに側に居るくせに、どうしたというのか。

「ちょっと、冗談でしょ……イフ?」

 なんて情けない声だろう。いつもは鬱陶しく思うあの姿を、必死で探していることに、自分で呆れる。

「どうかしましたか、ウルリカ」

 ふわりと、探していた姿が現れる。何でもないような顔で現れたその姿を見て、悔しいくらいに安堵した。その気持ちを悟られないように、別に、と目を反らす。

「……黙って居なくなるなんて、珍しいじゃない」

 吐き捨てるように告げると、心外ですね、と。呆れたような視線が帰ってくる。

「俺の意思じゃありませんよ。貴女が消耗しているのでしょう。貴女が眠っている間、姿を保てなかったようです」

 自らの姿や動作を確認するイフを見て、そう、と微笑む。

「消耗……。ねぇ、じゃあ、私の命もそろそろなんじゃないの? 私を殺してくれる気になった?」

「いいえ」

 強い口調で言い切るイフに、あら、と拗ねるように唇を尖らせてみる。

「良いじゃない、そろそろ楽にしてくれても。それか、一緒に死にましょう? 貴方だって、何処かでは終わりを求めているじゃない?」

「いいえ……。俺は貴女を生かし、一緒に生きることしかできません」

「前のマスターのために? 従順ね。そんなに良い女だったの?」

 あからさまに顔色を変えるイフに、冗談よ、と息を吐く。

「ごめんなさいね、生き残ったのが私で。貴方の大好きなマスターを殺してしまって。申し訳ない気持ちは本当よ」

 でもね、と繋げる。

「ありがとう、なんて言えると思う? 私が助けてくれ、なんて頼んだ訳じゃないのよ? 勝手に助けて、勝手に死んで。良い迷惑。本当に、私は早く……」

「それでも」

 "死にたいのに"と、言おうとしたら。思いの外強く、言葉を遮られた。

「俺には、貴女と生きることしかできません」

 悲しそうに、それでもまっすぐにこちらを見る青色の瞳。その瞳の力強さに、全て委ねて、寄っていけたら、楽になれるのだろうか。

 そう考えた頭を、振る。そんな訳はない。私は、この人の大切な人の命を奪った。望みもしない命を助けるために、未来を亡くした人がいる。そんな私は、与えられる死でしか安らぎを得ることなどできない。生きて得る安らぎなんて、求めてはいけない。愛なんて、苦しいだけだ。それも、逃げるような偽りの愛など。

「残念ね。それじゃあ、殺してくれる誰かを探すわ」

 私に、もしかしたら私達に。命を摘む行為に罪悪感を抱くことなく、死を与えてくれる人。もしくは、死が、安らぎと幸福であると肯定してくれる人を。

 生かされた命は否定せず、摘み取られる命を待ち望む。
 その選択が、正しいだなんて思わない。
 でも、間違いだとも言わせない。

...fin




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