それはまだ幼い光と影
柔らかい光を浴びて、銀色に輝くような、薄紫の髪。それをふわりとなびかせて、その少女はこちらを見た。月明かりが、闇を照らすかのような金色の瞳だった。しかしそのぼんやりとした瞳は、まるでどこも見ていないかのようで。
目の前にいたのは、まだ一桁くらいであろう齢の少女。どうやら、自分は彼女に喚ばれて人界に来たらしいと悟る。声を発しようとすると、言葉が、翻訳されるように浮かんだ。
「お嬢が、わいを喚んだんか?」
発した言葉に違和は感じたものの、少女には通じたらしい。よんだ? と小さく声を漏らし、小首を傾げた。
「わいは、魔界の悪魔や。お嬢が使った魔術に喚ばれて、こないな姿で人界に出とる」
変わり果てた自らの姿。美しかった姿は見る影もなく、例えるならこれは、頭蓋骨。例えるならというか、寧ろ頭蓋骨。この少女のイメージがそうさせたのか、悪魔を1人この世界に喚ぶには少女の力が足りなかったのかは分からないが、あんまりだ。
「お嬢の願いはなんや。ワイを使魔として喚んだんは、何が目的や」
「もくてき……?」
その言葉に、悩むような仕草を見せた少女は、思い出したように頷いた。
「……ともだち。ずっと、いっしょがいい」
胸の辺りにぎゅっと握りしめた本は、高等黒魔術。そこで初めて、少女の手に赤黒い液体が付着しているのに気づいた。それに気づくと、今度は、錆のような、嫌な臭いを感じた。
「……みんな、いなくなったから」
呟いて、俯いた少女を残し、ふよふよと、臭いの濃い方へ、飛んだ。
……――
そこで見た光景は、今でも目に焼き付いている。自分は、少女を守ると決めた。
そうして、少女、リープ・リヒの使魔として契約し、それに安心したのか気を失ったリープは、次に目を覚ましたとき、細かい記憶を失っていた。ただ、その記憶は"現在"に辻褄が合うように補完され、リープの中の歴史は、使魔の『クノッヘン』がずっと友達で、ずっと一緒に育ってきた。
それならばそれでも構わないかと、付き合うことにして。幼い少女と、何も知らない使魔2人で、どこでどうやって生きようかなぁと。迷っていたところで、中央大陸の噂を聞いた。行けばなんとかなるかと、強行して、学院都市で迷っていたら、目的地に保護された。噂に聞いた通り、過去を深くは掘り下げずに、今と未来を目指させてくれるその学院で、リープと自分は生活していた。他はどうかわからないが、リープと自分には、その環境がとても合う。過去とはいずれ、向き合うときも来るだろうが。忘れているなら、今はただ、未来を。
傍らのリープを改めて見ると、相変わらずぼんやりした顔で、空を見上げていた。
「お嬢、今、楽しいんか?」
「たのしい……?」
ぼんやりした表情からは、何も読み取れない。
「わくわくするんか?」
「わくわく……?」
うーん、と考え込むような仕草。
「クノッヘン……」
ぼそりと呟かれた名前に、ん? と聞き返すと、ふんわりと微笑んで。
「クノッヘン、いるから。たのしい」
ふふ、と照れ臭そうに告げたその言葉に、じんわりと暖かくなるような、そんな不思議な気持ちになる。そうか、と返して、照れ臭さを誤魔化すように、くるりと回転する。
今は、それで良い。自分といることで、少しでもリープが前を向いて歩いていけるなら、自分はいつまでも側にいて、この子を守る。
「さ、今日はどこに行こか?」
「どこ……? ん、お散歩……おみせのほう」
少しずつでも、人と関わっていくリープに、安心感と寂しさを感じるのはまるで親心のような。そんなもの、いたこともなることもないのだろうから、知りはしない筈なのに。
少女の選択が、光であれ闇であれ、この子の命が尽きるまで、共にいたいと。見守りたいと。ここに存在する理由は、ただ、そればかり。
...fin
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