逝くのが惜しいほどの
学院の朝。日課である教会の掃除をしようかと、カーナーは教会へ向かう。花を持ってくるという使魔と別れ、教会の重厚な扉を開ける。
すると、中央で、法衣のような真っ白な衣服に身を包んだ男性が、片膝を着いて祈っていた。無造作に束ねられた青緑の長い髪が、前方に垂れている。
自分より早いなんて珍しいな、と。カーナーは静かに歩みを進めた。しかし、足音を忍ばせたところで、扉を開けたことで誰か来たことには気づいたのであろう彼、セルジオは、ゆっくりと立ち上がり、カーナーに目線を寄越す。
「おはようございます、セルジオ先生」
「ああ」
「早朝からお祈りですか? 相変わらず信心深いですね」
「……嫌味か?」
受け取った言葉を流すことをせず、素直に反応してくる無意識な生真面目さ。眉を上げながらも首をかしげる姿に、とんでもない、と頬笑む。
「そう言えば、疑問だったんですよ。ファーレンの地を嫌うあなたが、聖職者のような格好に拘ることも、そうして祈りを捧げることも」
「……拘る、と言うか」
言葉を発するのを少しだけ躊躇うように、片方の手で、片方の腕を擦るように掴む。
「忘れないために、だ。あの地を」
それは決して前向きな意味ではないことは知っていた。特に反応をしないでいると、ぼそりと、聞き逃しそうな位の声。
「此処にいると……忘れそうになる」
呟いた言葉は無意識だったのか、続きを促すと不思議そうな視線が返ってくる。
忘れても良いのではないかと、思ったりもするのだが。告げたところで機嫌を損ねるだけになりそうなので、少しだけ踏み込んでみようかと、思案する。
「それは、復讐ですか?」
カーナーが発した言葉に、瞬いた瞳が宿した光は、肯定否定のどちらとも言えず。
「……無力と罵った子供に全てが覆されるのは、さぞ、滑稽な1国の終わり方だろうと」
思うだけだと告げた視線は、合うことはない。語った彼の本心も分からない。
「それは、滑稽な人生の終わりでもありますか?」
「……違いないな」
皮肉として掛けた言葉に、自虐のような笑みを見せた。彼の中で決まっているのであろう事柄に、口を出すような若さはもう無いのだけれど。
「良い天気だと良いですね」
カーナーの言葉の意味を図りかね、戸惑うような視線を寄越す。
「惜しいくらいの、太陽があると良いですねぇ」
迷惑に思うくらいの、光。
首をかしげるだけの姿に、笑みだけを返す。
言葉は、届かないかもしれない。
...fin
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