神涙図書室 | ナノ




  闇に咲く光のような ★



"自らが神を信じていないのに、他者に神を信じさせることについて、どう考えるか"

 セレストが思わず、といったように口にした言葉を頭の中で噛み砕き、カーナーはうーん、と首を捻る。
 以前、学院敷地内に建てられている、教会の十字架の前で。神など信じていないと告白したセレスト。瞬間、あつらえたようにステンドグラスから光が射し込んだ。神など信じていないという、シスター姿の彼女を包み込んだ幻想的な光が、皮肉めいたことにとても綺麗な宗教画のようだったことを、鮮明に覚えている。

 以来、時折話すようになり、今また同じ場所で問われた言葉。

 カーナーとて、生まれついての惰性で神父のような格好や役割は果たすものの、今やそこまで信心深い訳ではない。天使という存在を使魔に持つが、彼女曰く、ヒトの言うところの神と、彼女達の住む世界の神とは、そもそもが異なるものらしい。そのため、カーナーの語る神は、決して全知全能の神ではない。初めに在籍したのが邪教という宗教派閥だったため、破壊による再生を求める声に応じる神などいなかった、という部分もあるし、その後神父として派遣された街の人々が"神に祈っても腹は膨れない、ならばそんなものはいない"のようなおおらかな人種だったお陰もあるが。
 カーナーにとっての神とはいわば、自らの気持ちを代弁させる、幻のような仮初めの存在だった。"私はあなたを許します"とは言わず"神はあなたを許します"と。そう言った方が、救いを求める者の心には、響くようだから。考えようによっては、それもセレストの言うところの"自らが信じていない神を、他者に信じさせる"事になるのだろうと、自身がそれについて何かを考えているかどうか、思案する。

 しばし言葉を発さずにいると、セレストはハッとしたように、次の瞬間には綺麗な笑みを見せた。

「忘れてくださって、結構です」

 そのまま背を向けようとしたセレストに、声を掛ける。

「信じる信じないと言えば……」

 発された言葉に、セレストは動きを止めてくれた。

「セレスト先生は、サンタクロースって、ご存知ですか?」

 カーナーの口から出た言葉に、予想外だったのか少しだけきょとんとしたように表情を崩した。しかしそれも束の間で、ええ勿論、と微笑混じりに返してくる。

「この間、初等部の生徒に言われたんですよ。カーナー先生、サンタクロースって本当にいるの? って。私はもう、この年ですから、勿論信じていないんですがね。あまりにも真っ直ぐで純粋な眼を向けられてしまって。いないだろうとは言えなかったんですよ」

 それに、と続ける。

「私がサンタクロースを信じようと信じまいと、サンタクロース自体はそういうものとして子供達や、世の中に存在してしまっている」

 例えそれが、誰かの記憶や、夢の中にでも。いると言われてしまえば、それはいる事になる。

「ならば、その夢を肯定するつもりで"いる"と答えることが、悪いとは言いきれない、と私は思うんですけどね。それが子供を騙した事になるなら、世の中は詐欺師だらけですし、私は喜んで詐欺師の名をもらいますよ」

 そんな考え方もありなんじゃないですか、と。カーナーは、心からそう思っている。

 それでも、きっと。目の前の彼女は、こんな言葉に心から納得することはないのだろう。誰が彼女を許しても、彼女は彼女を許しはしない。彼女が信じていない神に許されても、誰かの信じる神に許されても。
 どんな言葉を掛けても、聡明なこの女性は、言葉を受け取った自分自身ではなく、自分に言葉を掛けた相手の気持ちを瞬時に汲み取って、どう言葉を返すのが、どういった行動をとるのが最善かを導き出す。それは、意図しての事ではないのかもしれないけれど、カーナーには、そう見えた。彼女がそれを続ける限り、誰の言葉も、彼女には届かない気がした。

「私は、サンタなんて信じてませんが、サンタの夢物語は結構好きですよ。トナカイが引く雪車で空飛ぶ髭の老人が、煙突から不法侵入して良い日なんて、夢があるじゃないですか」

 だからこそ。彼女に向けた言葉ではなく、世間話として、カーナーは語る。締めくくった最後の言葉を聞いて、まあ、と笑った後で、セレストは口を開く。

「……勘違いなら否定して下さって構いません。神の話を、例えてくださっているのでしょうか?」

「……いいえ? 信じる信じないの話で、ふと思い出しただけです。神の話の方も必要ですか? 忘れて良いと仰ったので、そちらは忘れようかと思っていましたが」

 にっこりと笑ってみせれば、同じように。

「それならば、よろしいのですけれど」

 では、と。綺麗に一礼をして、教会を去って行く。その姿を見届けて、ゆっくりと息を吐く。

 聡い彼女の事。言いたいことは勿論分かったのだろう。それでもそれを敢えて確認したのは、否定してほしかったからか、別の理由か。カーナーには知る由もない。この例え話が、彼女の心の深層に届くことはないのかもしれない。

 だとしても。

 全ての傷が癒える前に、被っている猫が、新たな傷を付けていくような、そんなセレストの生き方。いつかあの猫を、被るのではなく抱き締めるような生き方が出来たら少しは楽になるのだろうかと、そんな比喩めいた思いが浮かび、望まれはしないだろうが十字を切る。

「仮初めの神の名を語る私に、何を祈る資格も、願う資格もないのでしょうが。生憎そういうのは得意分野なんですよね」

 教会から遠ざかっていく後ろ姿を、見送る。
 清廉潔白に生きることがこの世の美しさなのだとしたら。罪を重ねて偽ってきた、あの傷だらけの凛とした姿を、何と例えるのが良いのだろうか。

...fin

Thanks...!
セレスト(魚住なな様宅)



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