神涙図書室 | ナノ




  腹が減っても授業はできるのに ★



 今日の大学部と初等部の鎌術授業は、合同になりそうだった。特殊術実技のためにあてがわれた教室の前で、ルジェクは、またかと息を吐く。自分の授業に現れた大学部生徒、レイヨンと、もう1人の鎌術教師、ジルスティアを訪ねてやってきた初等部生徒、グリゼリディスを交互に見る。高等部と中等部は各々授業を行うらしいが、初等部と大学部で今日集まったのはこの2人。総合的に見ればもっといる筈なのだが、いつもタイミングが悪いのかこうなる。

 始業の知らせは鳴った。なのに未だに現れない初等部担当のジルスティア。苛立ちを隠さずに舌打ちをすれば、無表情のレイヨンと、泣きそうな顔をした……最早泣き出したグリゼリディスが、こちらを見ていた。このままでは、自分では収拾がつけられない。ジルスティアは何をしているのだろうかと、様子を見に行くことにする。

 辿り着いた職員室で、ルジェクは額を押さえる。

「……何をしているんだ……」

「ん、見てわからないか。飯だ」

 探し人はいとも簡単に見つかった。職員室の一角。ジルスティアの席。そこで、1人で食べるには相当の量の料理を置き、呑気に口に運ぶジルスティアの姿があった。珍しく、皆授業や私用で外しているのか、もぐもぐと口を動かすジルスティアの他は、誰もいないようだ。

「だから、始業時間にも関わらず何でここで飯を食っているのか訊いている」

 ルジェクの苛立ちを意に介さず、ああ、と納得したように頷いた。

「すまない、今日は1人で頼む。レイヨンとグリセリディスの2人だけだったろう?」

 一応すまなさそうな表情を作ったのも数秒で、持っていたスプーンで料理をすくう。それを口に運ばれる前に、言葉を発する。

「だから……?」

 サボるとでも言うのか。このマイペースな教師は。

「この前の授業が家庭科でな。私は、調理は教えることができるのだが、壊滅的に味音痴らしく、他人が食べられるものを作れない」

 中途半端な位置で浮いたままになったスプーンを皿に置き、真面目な顔で冗談みたいに机の上の料理を指す。見た目は悪くないそれは、半分も片付いていない。

「全て自分で食べる他ないんだ」

「はあ……? 捨てれば良いだろう」

「鬼だな、お前は。世の中にはこんなものすら食えずに朽ちる村もあるのだぞ。作ってしまった以上は責任をもって片付ける。イゼル殿に始末書も書かされた」

 自分で作り出しておいてこんなものも何も無い気がするが。ともかく、示されたのは、食材の予算。本来なら美味しく調理されたであろう食材の値段は、なるほど、確かにそこそこのものだった。

「なら何で家庭科など引き受けたんだ、阿呆なのか」

「今日はできる気がしたんだがな」

 おかしい。とスプーンを咥えるマイペースな顔に、苛立ちを通り越して呆れるような諦めにも似た感情が湧く。こうなっては、反論する方が疲れるのは学習済みだった。

「……貸せ」

 置かれた皿の1つに手を伸ばす。ジルスティアは、多少目を見開くと、首をかしげる。

「不味いぞ?」

「不味いだけなんだろう」

 見た目は綺麗な肉巻きのようなものを手でつまんで口に入れると、確かに、何とも形容しがたい味の何かが口に広がる。

「ああ、害はないはずだが」

 おそらく、と念のために付け足されたような台詞と、行儀が悪い、と渡されたカトラリーに、はあ、と嘆息する。

「エイル、イェイツ」

 職員室の廊下で待機していた2人を呼び寄せる。お前たちも居たのか、とジルスティアがそちらへ身体を向けた。そのまま、駆け寄ってきた涙目のグリゼリディスの頭を撫でると、ルジェクとレイヨンに視線を向ける。

「泣かせたのか? 相変わらずだな」

「だから貴様がいないと授業にならん」

「……よし、食うか」

 それを聞いて、仕方ないなとばかりに気合いを入れて、無心で料理を口に運び出したジルスティアに、グリゼリディスがビクリ、と身を震わせ、ぼそりと呟いた。

「かわいそう……」

 ……食材が?

 頭をよぎった疑問は口に出さなかったので、何が可哀想なのかは分からないまま、レイヨンに皿とスプーンを渡す。意味を図りかねて無表情のまま沈黙するレイヨンに、食え、と命じる。

「……食事の必要性は感じないが」

「教官命令だ」

「理解した」

 教官命令と口に出されて、黙々と食事を開始する。無表情な顔からは図れないが、恐らく味は感じていないのだろう。まともな味覚を持っているなら、これを口にして平常心は保てない。作り出した主も、平然と口に運んではいるが。

 はあ……と頭を抱える。コイツに関わるとろくなことがない。凝視していると、目が合った。

「ルジェクは意外に優しいんだな」

「……頭わいてんのか……」

 能天気に告げる姿に舌打ちし、早く授業を開始したいと、減ってきたなんとも表現できない刺激と味が広がる料理を口に運んだ。

...fin

Special Thanks...!
グリゼリディス(魚住なな様宅)


 



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