音楽で世界は変わるとか、変わらないとか ★
ゼアルは、聴こえてきたメロディに、足を止めた。いつの間にか、音楽室のある方に来ていたらしい。
思わず足を止めるほどの音楽が、この世には存在するんだな、と。ぼんやりと聴き入る。
誰に言った事も無いが、音楽や楽器は好きだった。自ら演奏する事も歌うことも嫌いではない。育ってきた環境は、讃美歌しか弾くことや歌うことを許されなかったけれど、それでも良かった。好きなだけだから、楽しく弾けなくても良い。楽器は好きで、でもただの趣味だからと、そう言えればそれで良いはずだった。ただの趣味さえ、好きなようにできる環境でもなかったけれど。
それなのに、聴こえてくるこのメロディは何だろう。楽しそうな、軽快な。それでいて、繊細で技術も高い。どんな指使いをしたら、こんな音が奏でられるんだろう。
(こんな風に、弾けたら……)
楽しいだろうな、と。動きかけた指を、止める。良いのだ、自分は。こんな風に弾けなくても。弾けたところで、何にもならない。誰かに届けることも、何かを変えることも、自分の音楽にはきっとできない。
無意識に、音楽室の扉に近付く。聴こえてきた音に耳を傾けて。聴けるだけで良い。弾いている人も、弾きたいと思う自分にも、興味はない。ただ聴こえてきたメロディに足を止めて、扉に背を預け、一瞬だけ、目を閉じる。ただそれだけ。
静かに背を離して立ち去ろうとすると、演奏が止む。え、と振り返ると、音楽室の扉が開いた。出てきたのは、人懐っこそうな笑みを携えた、男性教師。確か、精霊術の教師の中に、顔を見た気がする。思い出そうとして記憶を遡ろうとすると、ねぇ、と掛けられた声に我に返る。
「音楽、好き?」
「え……」
「楽器好きでしょ? さ、弾こう!」
「え、ちょっと……」
半ば強引に手を引かれて、踏み入れた音楽室。
強引だが、決して嫌な感じはしない。促すような笑顔は、弾いてみて、と言ってくれていて。
ピアノの前に座って、視界がぼやけるのを誤魔化すように、鍵盤を叩いた。
そんなに簡単に、世界は変わらない。
違う世界への扉は、自ら開けなければ、開けられることはない。
……はずだったのに。
...fin
Thanks...!!
男性教師⇒エドゥアルト(魚住なな様宅)
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