ある早朝に隠した弱音 ★
「あ、きーちゃんだ。おはよう。相変わらず早いね〜」
「おはよう……貴方は、珍しく早いのね」
思わずそう言ってしまってから、余計な一言だったかと思い至る。気を悪くしただろうか、と口に手をやるが、リゥシャオは気にした様子もなく頷く。
「うん、試験前でしょ? ヘリィが勉強見てくれてるんだけど、徹夜するより朝の方が頭に入るからって、早く起こされてて」
これは授業中寝るかも〜と言うリゥシャオに、そう……とだけ返して、手元の教科書に目線を戻す。すると。
「あれ、きーちゃん、髪跳ねてるよ」
え、と慌てて手を彷徨わせ、手櫛で整えようとするが、リゥシャオがそっちじゃないよ、と笑ってみせる。
「ちょっと待ってね、えっと……あった」
ごそごそと、鞄から取り出されたのは櫛。ちょっとごめんね〜? と、櫛を構えて、キリンの後ろに回る。梳かしてくれようとする気配に、あの、と慌てて振り返る。
「か、貸してもらえたら、自分で……」
「良いから良いから」
珍しいねぇ、と。するりと髪を掬われて、くすぐったいような、気恥ずかしいような、なんとも言えない感情が込み上げて、誤魔化すように口を開く。
「櫛、持ち歩いているの……?」
「手のかかるキョウダイが多いから、鞄には結構何でも入れちゃうかも〜」
そう……と、自分も、自分のキョウダイのような下の子達を思い出す。今日自分の髪に手が回らなかったのも、タヌキと2人、珍しくいつもより寝坊して、タヌキの髪を結っていたら良い時間になってしまっていたから。遅刻だと慌てる時間ではないけれど、誰もいない朝の教室で勉強するためには、ギリギリの時間。自分の髪に構う時間は、取らなかった。
毎朝、そうやってタヌキの髪を梳かして、結って。それはそれで幸せな事だけれど、自分が誰かにこんな風に髪を梳かしてもらうなんて、一体いつ以来だろうか。
「下の子って、こんな感じなのかな……」
ぼんやりして、思わず口を出た言葉に、ハッとして肩を震わせる。聞こえてしまっただろうか。
「どうかした〜?」
優しく降ってきた言葉に、安堵する。
「……なんでもない」
「そう?」
ふにゃりと、笑ってくれたような柔らかな空気が、背中越しでも伝わる。
「はい、できた」
するっと、最後に1度櫛を通された髪を、手でなぞる。リゥシャオが前に回るのを待って、お礼を言うため、あの、と口を開いた。
「ありがとう……」
「どういたしまして〜」
想像に違わないふんわりした笑顔を向けられて、でも、どうしても同じものを返せなくて、キリンは俯いた。櫛を鞄に仕舞い、うーん、とひとつ伸びをしたリゥシャオは、教室の時計を確認する。
「そろそろ皆来ちゃうのかな〜?」
「さあ……早い子は、もうすぐ来ると思うけれど」
少し寝られるかな〜……と、欠伸をしながら自分の席へと離れていく姿を、視線で見送る。机に突っ伏すようにした姿を見届けて、教科書へ視線を落とす。先程まですらすらと頭に入っていたはずの内容は、同じものとは思えないほど全く頭に入らない。
後ろ姿をちらりと見て、先程梳かしてもらった髪を、また撫でる。自分より上の存在が、もしもいたなら。こんな風にしてもらえていたのかな、と。
心の奥だけで、そっとそう考えると、暖かいような、泣きたいような、そんな気持ちになって視界が滲む。首を振って、弱音を払う。それでも、考えてしまった。
もしも。
もしも、自分にそんな存在がいたなら、甘える事も、許されたのだろうか。
...fin
Thanks...!!
魚住なな様宅
リゥシャオ
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