時の流れと笑顔の伝染
クラハ教師。ルークイーズイェルトが、初めてその女教師に出会ったのは、彼女が再び学院に来てわりと直ぐの事。黒魔術を暴発させて以降、常に放出し続ける彼女の魔力は、最早自らでは制御ができないところまで進んだらしい。魔力は、持つ者にとっては生命力にも等しいもののはず。やつれた顔に覇気はなく、制御魔術を教えて欲しいと、魔術科の神聖術教師、カーナーからクラハを預けられたルークイーズは、困惑していた。
(どうしろと……??)
俯いたままぼんやりとしているクラハに、知る限りの制御魔術を試すが、溢れ出ていく魔力は収まることを忘れたかのように流れ出るばかり。たしかに、これが黒魔術として発動したならば、村の1つや2つ簡単に消えたのだろう。
外側からのあらゆる魔術によるコントロールを受けず、自らの魔力をコントロール魔術に変換できないとすれば、考えられる原因は心因的なもの。そんなものは、ルークイーズにはどうしようもない。
「あの……」
どうしようもないとは思ったものの、先輩からの命令ならば従うのが後輩教師。断れば何があるか分からない。特に、笑顔で人に物を頼むような人間はより怖い。笑顔の裏に、何か恐ろしい物が潜んでいそうな気さえする。考えすぎだと他人は言うが、深く考えずにいる方が、ルークイーズにとっては怖いのだから仕方がない。
おずおずと、声を掛ける。
「魔力を放出しつくして死んでも良いとか、思ってないですよね?」
ピクリ、と反応し、俯いていた顔を上げる。僅かながら今までと違う色を宿した瞳に、図星なんだろうな、と慌てて首を振る。
「あ、すみません。別にそれが悪いとかじゃないんですけど。まあ、あの。貴女がそう思ってる限り制御不能な状態は続きそうなので、これ以上凡人の私に出来ることとか無さそうかなっていう、あれなんですけど……」
「すみません……」
謝られてしまって、もう少し言葉を選べば良かったのだろうかと少しだけ後悔する。しかし、いくら社交辞令を並べようと、行き着く場が同じになるならば、回りくどい方がお互い時間の無駄だろう。
「いえ、こちらこそ。お役にたてず」
「お時間取らせてしまい、申し訳ございません」
「いえいえ、私がもう少し才能のある術者なら良かったんですよ」
「いえ……」
平行線を辿りそうな会話を切り上げるべく、席を立つ。発動させる術もなく体外へ放出されている魔力は、大気に融けていく。それに等しく、微弱ながら削られているであろう生命力は、虚ろな目が物語る。
「まあ、そのうちコントロールがきくようになったら、失った分全ては無理でも、取り戻すことくらい容易いでしょうから。その時はまた」
容易いは言い過ぎたかなと思いながらクラハを見るが、掛けた言葉自体特に気にした様子もなく、ぼんやりとしている。その事を報告しに、カーナーを訪ねたが、結果は分かっていたかのように微笑まれた。なら、やらせないで欲しいなぁと思いながら、クラハとのやり取りを反芻する。終始俯いたやつれた顔。この世の憂い全てを引き受けたかのような瞳。彼女が、心から生きたいと願う日など、来ない気がしていたし、それで良いのではないかと思っていた。
1年後までは。
「……どうでしょうか」
おずおずと、魔力の制御をこなしてみせるクラハに、ルークイーズは素直に頷く。
「見違えました」
1年でどういった心境の変化があったのかは分からない。ルークイーズが苦手とする前向きな人に感化されたのか、ある程度の諦めを受け入れたのか。
「良かった……」
ホッとしたように浮かべた笑顔も、1年前に比べたら健康そうに見える。これなら、失った分を吸収、蓄積させることも難しくはなさそうだな、と、改めてその姿を眺める。
「美しくなりましたね、まるで別人のようです」
え? と、多少目を丸くするクラハに、ああ、と首を振る。
「浮わついた意味じゃありませんよ。素直な感想です。笑顔の方が、貴女は綺麗だと思いましたので」
1年前のどこを見ているのか分からない虚ろな瞳が、一瞬だけ思い出される。今の瞳には、多少なりとも表情や生命力が感じられる。
ずっと笑っていたら良いのに、と思ったところで、自身はそれを余計なお世話だと受け取ることに思い至る。
「あ、別に笑顔でいることを強制とかはしませんよ? ただの個人の感想なので。笑いたくない人に笑えという人の気は知れません」
付け足すようにそう言えば。少しだけ、意味を考えるように首を傾けた後で。
「ありがとうございます」
可笑しそうに眉を下げて、少し子供みたいに笑った。それは、先程見た笑顔のように綺麗だとは思わなかったけれど、何故だろう。つられるように、頬が緩んだ。
...fin
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