神涙図書室 | ナノ




  深紅と青緑の邂逅



 最悪だ。見つけるんじゃなかった。

 セルジオの脳裏に浮かぶのはそんな言葉。念のため周りに目をやるが、人の気配はなく、あの、蹲るように倒れている黒い塊に声を掛けられるのは、自分しかいなさそうだった。
「おい」と声を掛ければ、呻くような声。死んではいない。少しだけ、残念だ。

「カーディナル……おい、どうすれば良い。冷やすのか、温める方が良いのか」

 生きているのを確認した以上、ここで知らん振りをして後に死んだら寝覚めが悪い。しかし、こいつの症状がいつもの貧血なのだろうということはわかっても、生憎と処置まではできない。少し離れた位置に腰を下ろし、声を掛ければ。

「何も……」

 すんな、と言った声と歯の噛み合わせが少し震えたのに気づき、寒いのだろうかと上着を投げる。顔を隠すように覆い被さった上着を、避ける気力すらないのかそのままだ。被さった上着が、小刻みに震えた。炎系の精霊術は何か扱えただろうかと、記憶を探る。しかし、それが正しい処置なのかも分からないため、医務室に連れていく方が早いかと、声を掛けた。

「担いで良いなら医務室に運ぶが」

「いらねぇ」

「……なら、処置を教えろ」

「いらねぇ」

 堂々めぐり。なら勝手に死ねば良いと思って、ため息を吐いて目を閉じた所で、身動ぎする気配にまた目を開けた。ゆらりと起き上がったカーディナルは、回る視界に抗うように、片手で顔を覆って首を振る。

「……大丈夫なのか」

「……あ? まだいたのかよ」

 言いながら顔をしかめて、掛けられていた上着を一瞥し、投げ返してくる。顔を避けつつ受け取ると、煙管に火を点けた目の前の男を見つめる。
 最初は目の前のこの男も、自分と同じように他人嫌いなのだと思っていた。だが、いつだったか気づいた。こいつは決して他人を嫌ってはいないのだと。誰かといるときこそ、頻繁に点ける煙管に詰められている葉は、吸血抑止薬だと誰かが言っていた。めんどくさい生き方をしている。

「お前は……死ぬのか」

 もうすぐ、と。思っていたより情けない声が出て驚く。なんだそりゃ、と呆れたような声は煙を吐いた。

「生きてりゃ死ぬだろ」

「あのな……」

「あえて死にに行く人間よりはましだろーが」

 吐き捨てるように、煙と共に出た言葉。それに驚いて顔を向けると、紅い瞳が、此方を見ていた。目が合うと、細められた目が視線を外す。

「……めんどくせぇ奴」

 吐き捨てられた言葉に、ふん、と鼻を鳴らす。

「同じ言葉を返す」

 どちらともなく立ち上がり、別れの挨拶も特になく歩き出す。

 きっとこの先、同じように歩くことは無いのだろうと、ぼんやりとだが確信を得たような思いを胸に、距離は離れていく。

...fin
 




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