感謝祭と離島の皇子、そしてその従者の苦悩
ソウジ、と呼ぶ声に振り返れば、主のマサナガが、何やら難しい顔をしてこちらを見ていた。その手には、紙袋。紙袋は、学院都市でマサナガの愛用する、東の雑貨店の味気ない袋。ただその中身は、可愛らしく包まれた、甘い香り漂うもの。
「何やら今日は、やたらとこのようなものを貰うのだが……」
怪訝そうに紙袋を掲げてみせるマサナガに、ああ、とソウジ。主とは対照的に、納得して頷く。
「今日は感謝祭ですね。女性から男性へ、感謝を伝える日だそうですよ」
感謝祭には、それ以外にも意味がある。そして、恐らくマサナガが貰っている大半は、それ以外が期待されていそうな気がする。だけれど。
「見ず知らずの女子に、感謝される謂れなど無いのだがな……」
少し、恐ろしい気がする、とまで続けたなんだか頼りなげな表情に、思わずソウジは苦笑してしまう。そして思案する。感謝以外の意味を、教えても良いものかどうか。感謝と聞いてこの顔なのだから、どう思うのだろうか……。
「まあ、良いのではないでしょうか。自分も貰ってしまいました」
知らないふりをする事にしようかと、自分へと話題を差し替える。
「お返しをどうしようかと、迷ってしまいます。来月は、男性から女性へ感謝を伝える日で、順番上、どうしても貰ったものへのお返しともなりますから」
悩むソウジを見て、マサナガは目を見開く。
「返さねばならぬのか?」
「ええ、まあ。任意的ですが」
そして、感謝以外のもう1つの意味を考えれば、お返しは慎重に。特に性別を偽っている身であるソウジは、万が一にも気を持たせるような振る舞いをしないように心掛けたいところで。持論だが、お返しに差はつけず、告白と共に貰う本命は受け取らない。
しかし、適度に男子生徒でいるためには女子生徒を丁重に扱わなくては、と、師であるセオフィラスから聞いている。それなりに真似て振る舞っていたつもりだが、断ったお菓子が多かったように思う。やりすぎたのだろうか。
はたと、思い至る。それを考えれば、主にも、やはりもう1つの意味を教えるべきかと。うっかり本命を受け取って、お返しをしてしまったら相手が不憫だろうか。いや、主の恋愛事に従者としてそこまで立ち入るべきではないのか。いやいや、主は意味すら知らないのだから……
「返してくる」
「……は?」
考え事をしていた最中に掛けられた、思いもよらぬ言葉。主に対し、信じられないくらい間の抜けた声が出て、慌てて申し訳ありません! と頭を下げた。コホン、と仕切り直して、紙袋を指す。
「それを、ですか?」
紙袋いっぱいの、可愛い小包達。
「謂れのない感謝に、礼を返す意味がわからぬ。ならば、受け取らぬのが最善であろう」
言うが早いか、紙袋を持って引き返して行くマサナガ。そんな主を、慌てて追いかける。
「お待ちください、若! それでしたら自分が! そのようなご足労を、若にさせる訳には!」
そうか? と振り返った姿に、やれやれと思いながら並ぶ。
マサナガが次代を担うのは、竜ヶ峰の国では決定された事柄だ。現在の君主が、世を学べと学院にマサナガを送った事。最初はなぜわざわざ、と疑問だったその判断。しかしそれは正しかったのだと、失礼ながらそう思っている。学院でマサナガと過ごすうちに、見えてきたもの。マサナガは、人や国の上に立つにしては、確かに世を、人の心を、知らない。生い立ちを考えれば仕方のないことではある。事実、自分も人の事は言えない。だからこそ、ここで学ぶことは多いのだが、戸惑いもするのはまた別の話。
「勉学も世のしきたりも、沢山学んで帰りましょう、若」
「無論だな。己の無知を恥じている最中だ。そもそも、俗世にこのような催しがあったことすら知らぬ。催しを利用して皇族に名を売れば利があるという打算なのだろうが、知らねば何も考えずにこのまま受け取ってしまうところであった」
感謝する、流石はソウジだな。と、感心したようにそう言われてしまっては、何も返せず。
「勿体無いお言葉です」
ひとまずは、これでめでたしめでたし、というところだろうか。少しばかり主に対し、心苦しさを覚えながら、感謝祭の別の意味はいつ伝えようかと、新たな悩みに頭を働かせた。
...fin
spacial thanks...!
魚住なな様宅 セオフィラス
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