神涙図書室 | ナノ




  ┗見破った真実と、伝えられない真実



「僕には誉め言葉やけ、ありがとー」

 そう言って、ローガという自分より少し若い武術科教師と別れたあと、スメラギはため息を吐いた。余計な事だっただろうか。と、自分のお節介を少し悔やむ。つい気になってしまった、賊にありがちな、体の動きの音を消すような歩き方。最早無意識の癖なのであろうそれは、普通なら気にならないくらいの。だからこそ、最初は本当にただの興味。そんな無意識の癖になってしまうくらいの存在が気になって、カマを掛けるように問いかければ、ヒヤリ、と色が変わった瞳の輝き。やはり、と思ったがしかし、それは一瞬だけ。後は純粋な疑問符と、自分に対する警戒の色を灯した瞳。何かを誤魔化すためではなく、今を守るための暖かい光。それは、自分の世話する、血の繋がらない息子、オウキと同じ、失うこと、暴かれることへの不安の色。

 スメラギの実家は、軍組織で、それなりの発言権を持つ家だった。民間に害のある違法組織や、賊集団、そういった者達を取り締まるために、自分も早くから教育を受けていた。肌に合わずに家を飛び出して早数年。それでも受けた教育は抜けきらずに、つい、賊や犯罪の臭いには反応する。

 悪いことをした、と素直に反省する。純粋な興味とお節介で、彼の生き方に土足で踏み込んでしまった。だから、後に彼に掛けた言葉は全て本心。だが、最初に声を掛けたのは本当にただの警戒と興味から。その後のやりとりでオウキと重ねてお節介を言ってしまったのも本心。だけど、それだけが真実ではない。

「我ながら小狡いわなぁ」

「何が?」

 そんな声に、ぎょっとして空にやっていた視線を下げる。独り言のつもりが、目の前に人がいた。しかも、出来れば今の考え事の最中には会いたくなかった、ミノリという、女教師の姿。

「どないしたん、スメラギせんせ」

「別になんも?」

「ふーん? ええけど」

 ミノリ・カンナギ。記憶喪失だと言う目の前の彼女が、そう名乗ったときには耳を疑った。

 カンナギの家の表向きは、神事の執り行いをする家系。しかしその裏で、一部の人間は暗殺者稼業を行っていた。自分の家に不利益になる出来事や人を、何のためらいもなく抹消する家。中々弱味を見せないから、手を焼いていたらしい。その家名が複数あるのかは知らない。もしかしたら全く関係ない一族かもしれない。しかし、彼女の身のこなしや身体能力から、一筋の疑惑は拭いきれずに。

「なんやの、そないに凝視して」

 キョトンとして小首を傾げる彼女に、嘘偽りは考えられず。今の彼女には、きっと、この世界が全てで。いや、もしかしたら自分がそう思いたいだけで、甘いのかもしれないけれど。彼女がもし何かを企んでいたとして、止められるだけの人が此処には揃っていると、信じたいだけなのかもしれないけれど。

「別に、なんも?」

 ただ、突き放すようにそう繰り返す。
 いつか、もし何かが起きたときに。彼女に情を移していたら、動けないかもしれないから。

「ミノリせんせーは、ミノリせんせーのままでおってほしいけなぁ」

「なんやの、ほんまに」

「なんでもないです」

"屈託なく笑う姿を、疑う僕を許してや"

 それは、伝えられない真実。

...fin



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