流れ行く雲と穏やかな微笑 ★
アキザネはその日、人を探していた。勤務中であれば、授業がなくてもいるべきはずの職員室。しかし、そんな一般常識を律儀に守る教師は此処には少なく、例によってアキザネの探し人もまた、職員棟のどの施設にもいなかった。
はて、と少しばかり時間を気にするアキザネだが、目をやった庭園の時計側で、ベンチの上に寝そべる人物が目に留まった。
「ウィリアム・フラードロウ殿」
眠ってはいなかったのだろう。呼び掛けて間もなく、んー? と起き上がるウィリアム。気だるそうに欠伸をした後で、あぁ、と会釈を返す。
「アキザネ先生、はよっす」
「おはよう」
一部の教師であれば憤慨、または突っ込みどころ満載であろう、ウィリアムの間の抜けた挨拶。しかしアキザネは特に動じることなく、涼やかに同じ挨拶を返し、言葉を続ける。
「昼寝中にすまないが、明日の合同授業について良いだろうか?」
槍術と剣術の高等部生合同授業。その担当がアキザネとウィリアムで組まれており、打ち合わせのために当人を探していたアキザネだったのだ。しかしその相手は、あー……と、言いにくそうに頬を掻きながら目を逸らす。
「すんません、折角ご足労頂いたとこ悪いんすけど、それ、ニルヴィラちゃんかセルジオくんに代わってもらおうかと思ってて……」
おや、と少しばかり表情を変えたアキザネだが、すぐに元の穏やかな表情に戻る。
「そうか。ならば仕方あるまいよ。貴公と授業ができるならと、少しばかり内容を考えてしまったので、残念ではあるが」
肩を竦めたアキザネに、ウィリアムはまたまたーと茶化すように笑ってみせた。
「冗談よしてくださいよ」
「いや、冗談や世辞など言わぬ。貴公との授業は中々に面白そうだと、思っていたのだがな?」
東と西のやり方も混ぜられる、と。本当に楽しむようなニュアンスを含んだそれに、ウィリアムは口を開いた。
「……ま、それは確かに否定しないんすけど、俺は実技授業とか勝負とかよりは、講義とか後輩指導してた方がいいんすよね」
それは少し意外だという風に、アキザネは首を傾け、先を促す。が、それ以上は話す気がないのか、ウィリアムは立ち上がった。
「じゃー、完璧俺の代役でってことなら、セルジオくんに頼もうかな。あいつならアキザネ先生が考えてるプランでもいけるんじゃないすかね」
ま、わかりませんけど、と付け足す。言いながら、1度身体をほぐすように伸びをして、ひらひらと手を振り、背中を向ける。年長者のアキザネに対し失礼な行為だが、最初のふざけた挨拶同様さほど気にする様子はなく、そうか、と頷く。そして、最後にひとつ良いだろうか、と言葉を繋いだ。
「それならば何故……ここの教師に?」
問いかけられた言葉に、振り返る。
「前職が合わなかっただけっすよ」
かといって他に生き方とかやりたいこともなくてねー、と茶化すようにお手上げの仕草をしてみせる。
少しの間の後、そうか、と呟いたアキザネは、穏やかでも、どこか少し厳しい眼差しをウィリアムに向けた。眼差しを受けて、一瞬前に茶化すように笑ったその同じ瞳が、一瞬だけ、鋭い光を宿したように見えた。
「まぁ、またの機会があれば是非ご一緒したいっすね」
それが社交辞令なのだろうと言うことは伝わり、そうだな、とだけ告げた。
ウィリアムが消えた庭園。少し前の出来事に思いを巡らす。自分より強い者を前にしたときの、あの鋭い光を宿した瞳。あれは、それなりに生死を分ける場に身を置いた事のある者の瞳だな、とアキザネは1人思う。だとすれば、少し惜しいような。
「だからどうと言う物でもないがな」
さて、とアキザネは空を見た。ウィリアムの口振りでは、まだセルジオとの交渉も終わっていないのだろう。考えていた授業内容を打ち合わせたいが、自分からセルジオに告げるわけにもいかず、どうしたものかな、と顎に手をやる。そう悩みながらもその顔は穏やかで、流れ行く雲だけが、アキザネの顔に影を作った。
...fin
special thanks
文月ゆと様宅
アキザネ・アリサカ
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