神涙図書室 | ナノ




  遠き昔の考え事



 よく晴れた学院でのとある1日。柔らかな日差しが注ぐ中庭を横切った際。この学院の長であるパリスツェラは、何となく既視感を覚えた。最も、長く存在しすぎたこの生。それが実際に経験したことなのか錯覚なのかも良く思い出せないが、何だったか。確か、考え事をしていた気がしたのだ。

「良い天気だな、学院長!」

 今まさに思考を遥か昔へと飛ばそうとしたところで、そんな明るい声に現実へと引き戻される。水色の短髪に、裾の長い南の国の衣装。にこやかで賑やかなこの教師の名は……

「あぁ、ジンラン先生ですか。こんにちは、暖かいですね」

 応えれば、うむ、と大きく頷く。

「呆けていたようだが、疲れているのかね?」

「問題ありませんよ。少し、昔の考え事を思い出そうとしていました。何でしたかねぇ……」

困ったようにうーん、と悩む姿をふむ、と興味深そうに眺めてくる。

「それは、長達ならではの独特な表現の仕方だな。大変なのだな、長くを生きるというのは」

 何の気遣いも躊躇いもなく、そう告げた彼にはきっと。永遠への憧れなどはきっとなく。

「そうですね、少々歳を取りすぎましたからねぇ」

 何の心配もせずにそう茶化せば。

「その顔で言われてもピンとこないのだがな。ご老体として敬うとするか」

 含みも、妬みも、嫌味もなく。ただ笑ってくれることが、どんなに心地良いか。屈託なく笑う彼には、それに自分達がどんなに救われるのかは、分かっていないのだろう。だから、こちらもまた、安心して笑って見せた。

「暖かいですねぇ。日なたぼっこ日和です」

「そうだな」

そう言って空を見上げた彼は、太陽の光に眩しそうに目を細めた。そんな彼らこそ、自分達には眩しく映る。

「あ、ジンランせんせー見っけー! おーい!」

「あ、馬鹿! 学院長先生も一緒だろ! お話し中邪魔するな」

「うわ、お話し中邪魔するなーだって! ヨウちゃんのくせに! うわーそうやって優等生ぶるんだー先生の前でーうわー」

「何だよ」

「おお! トウタにヨウスケではないか。相変わらずだな、私に用事かね?」

受け持ちのある生徒なのだろう、こちらへ向かってくる生徒2人に手を振る。

「あ、すみません、お話し中に……」

「ほら見てジンランせんせー! ヨウちゃんがヨウちゃんのくせに優等生ぶるんだよー!」

「うるさい黙れ」

「こんにちは。2人は元気ですねぇ」

 若いリズムと眩しさに呆気にとられていたが、そう言って笑いかければ、少しだけ照れくさそうな表情と、満面の笑顔が帰ってくる。

「あ、すみませ……」

「あったり前ですよー! 学院長は日なたぼっこですか? なんか本当にお爺ちゃんみたいだね!」

「お前本当いい加減にしろ!」

「問題ないぞヨウスケ、今まさにそのような話をしていた所だからな。時にご老体は物忘れもするらしいから、日光でも浴びねばいよいよボケてしまう」

「ジンラン先生も黙りましょうか……」

「あはは」

 本当に、暖かい。きっとそれは今日の気温だけでなく。自らが作り上げてきたこの場所に、柔らかな笑顔が増えていくことにも。

遠い日の考え事は、恐らく今の自分にはすぐには思いもつかない事なのだろうと。記憶の隅に残った何かは、もう引き出さなくても良いのだろうと。青い空を見上げて、響く笑い声を聞いていた。

...fin



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