神涙図書室 | ナノ




  星祭りの夜



 その日、授業で使う資料を作成するために遅くまで学院に残ったハゼルは、用務員のオートマタに鍵を返し、職員棟を出る。業務の他は軽く挨拶を返すようプログラムされていただけだったらしいそれは、学院での人との触れあい、自考で、それらしい個性を身に付けている。元がアンドロイド型ECのハゼルは、未だにそういった存在との触れあいの方が、心地よく感じる部分もあった。感情にまつわる余計な気遣いが、必要ない。

 帰り際、何となしに空を見上げると、星空が動いていた。

「星祭りか……?」

 年に一度、星空が流れるように動き、世界のどこにいても全ての星が見られるとされる日。その日を教えてくれた彼女は、今はもう、この世界のどこにもいない。それこそ、星に等しい存在になった。

「何してるんですの?」

 ふわり、と後ろから柔らかい声が降ってきた。見上げていた視線を後ろに向ければ、職員棟から、此方へ向かって来る人がいた。高い位置で結った紅い髪が揺れている。

「エリシェラント講師?」

 学院長の同族で、西大陸を管轄する者。学院での名目は特別講師で、実際教壇に立つこともあるが、基本的には学院にはいない。今日は確か、定期報告のために帰省して、職員会議にて発言していた。もっともその職員会議が押したために、資料の用意が間に合わず、居残る羽目になったハゼルなのだが。

「貴方は、ハゼル、でしたかしら? 中々、接点を持てない方には疎くて、すみませんわね」

 素直にそう詫びながらも、しっかりと名前を把握してくれていたエリシェラントに、ハゼルはそうだと頷き返す。ホッとしたように微笑むと、距離を近付けた。

「良かったですわ。パリスの記憶力には及びませんけれど、できる限り関係者の名前と顔は把握したいところですものね」

 あの方はとぼけていますけれど、全員分覚えてますものきっと、と頬に手を当てた。
 教師だけでもかなりの人数になるこの学院。生徒も含めればその数は倍以上。それを何十年分も更新しているあの学院長。もって生まれた資質もあるのではないかとも、思う。しかし、長く生きるなら不要な記憶など無いに越したことはない。それなのに記憶力を維持しているのは、やはり本人の努力なのだろうか。

「それはそうと、どうしたんですの?」

最初の質問に戻ったエリシェラントに、ああ、と頷く。

「星を……」

 そう言って空を見上げたハゼルに、つられるように顔を上げれば、あらまぁ、と笑みを溢す。

「そういえば今日は星祭りでしたのね」

 見上げたままで、続ける。

「優しい表情をしてらしたわ。何か、思い出でもありましたの?」

 こちらを見ずにそう告げるエリシェラントに、言いたくなければ言わなくても構わないような気遣いを感じて、やはりこの世界に生きるものの感情は、あればあるで好ましい物だなと、思えた。その気遣いに応えるように、ハゼルも視線は落とさず、そうだ、と頷く。

「大切な感情を覚えた人が、教えてくれた。そして、多分今はその星並みのどこかに」

 それだけで全てを察したのだろうエリシェラントは、そうですの、と微笑んだ。

「……それは、ロマンチックな考え方ですわね。星祭りに、相応しいような」

 そうだな、と。普段なららしくないような感情にも、すんなりと納得する。

 しばしそうして、流れる星空を見上げ続けた。エリシェラントも、何も口にせずにただ、隣に並んで同じように空を見ていた。

 全ては、星祭りの空が思わせた感情。

……fin




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