神涙図書室 | ナノ




  緋色の哀悼



 良く晴れた日の夕暮れ時。物悲しい夕日の光は、道を歩く人の長い影を作る。影の主であるクラハは、花束と呼ぶには少し寂しいそれを抱え、学院都市の住宅区側へと向かっている。待っている家族がいるわけでも、愛しい誰かが居るわけでもない。足を進めるのは、墓や慰霊碑が立ち並ぶ、霊園"リベラアーク"
 学院に来てその存在を知り、迷わず"彼"の慰霊碑を建てさせてもらった。形ばかりかもしれない。それでも、何か儀式的な事が出来る場が欲しかった。彼だけじゃない。自分が失った命、奪った命はあまりにも多く、大きすぎる。それをただ抱えて生きるには、自分は、弱い。起きたこと全てを受け止めることはできた。ただ、受け入れることはまだ難しい。

 茜色の空の下、霊園内は、夕日で染まっていた。照らされた碑が反射する光が綺麗だと、素直に思う。この時間に来るのが、一番好きだった。
 たどり着いた場所で、あれ、と目を止める。既に花が供えてある。学院業務で西大陸に赴き、しばらく訪れていなかったこの場所。彼の慰霊碑に、自分の他に花など供えてくれる人がいるとも思えない。枯れた花を替えるつもりでいたのだが、それも、なくなっている。掃除をしてくれている管理者のご好意だろうかと、辺りを見渡す。同じ花を他の墓や碑にも見つけて、きっと、そうなのだろうと納得する。2人がいつもお茶をしている方に身体を向けるが、霊園内に彼らの姿を見つけることはできなかった。

 せめてその方角にお辞儀だけをすると、自らの深く赤い髪色が目に入る。死を悼むには悲しいほど真っ赤な髪、当時の鮮血すら連想させる赤を憎み、せめて喪服として黒ばかりを身に付けるようになったが、最近はさほど気にならないのだから、時間の経過とは感覚を鈍らせる。髪を耳にかけ直し、碑の前にしゃがみこむ。持ってきた花を供えて、目を閉じた。死後の世界に想いを馳せて、生前の彼を思い出す。神を語る真剣さと、はにかんだような笑顔と、守ろうとしてくれた眼差しと、この手の中で冷えていった温度。まだそれらは、ありありと思い返せる。これだけは、どんなに時間が経過しても、色褪せてはいかない大切な思い出。

 ふと、何かを感じて空を見上げる。少しだけ薄暗くなり始めた空に宵の明星を見つけた。死んだら人は星になるのだと、信じていた頃もあった。

 見上げた空に、彼の信じた神はいるのだろうか。

 神などいない、そう言った人もいた。神はいてもいなくても存在するものなのだと、そう言った人もいた。それでも彼は、優しい神を信じていた。ならば、彼の信じる神のもとに、迎えられた彼がいるのだと、そう信じている。

「いずれ、行きます。だからまだ、生きてみます」

 悲しかった訳ではない。決意のようなその言葉に、何故か涙が一筋だけ零れた。何故か、なんて考えるまでもない。もし神がいるのだとしても、自分の信じる神は、彼の信じる神とはきっと違う。私を連れていく神は、彼を連れていった神とは違う。いずれ行くなど、できはしない。下げた目線から、再び涙が落ちる。頬に落ちていく涙を拭かずに、目を閉じて祈った。それでも、それでももう一度、会えることを。

 やがて周りが本格的に薄暗くなり、ゆっくりとした動作で立ち上がると、クラハは学院に向かって歩き始めた。

……fin



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