叶うことのない願い
「エク」
イサは、無防備に寝息を立てているエクトゥルーテに声を掛けた。少しだけ身動ぎして、ん、と短い吐息が漏れるが、起きる気配はない。最近は随分と眠っている時間が増えた気がする。けして表には出さないが、彼女の体内はもう大分衰えているのかもしれない。残されている時間は、案外少ないのかもしれない。
「エク、部屋に戻れ」
仕方なくその細い肩を揺らせば、ややあって、トロンとした瞳と視線が合う。
「イサ……?」
状況が飲み込めない様子の彼女に、ああ、と頷く。寝ていたんだ、となんとなくだが覚醒してきた様子の彼女は、目を擦りながら、なんだか、と続けた。
「幸せな夢を見ていた気がする」
できれば、その先は。
「イサとわたしが、此処じゃないどこかで、並んで笑っていた」
告げられた言葉に、制止する間もなく。ふにゃりと微笑み、その言葉を告げてしまう。
「わたし、本当にイサが好きなんだろうね。愛情とかよく知らないけど、イサなら愛せると思うんだ」
俺もだ、と。伝えることは叶わずに。次の瞬間には、思考に靄がかかる。
焦点の合わなかった瞳と瞳が合い、少しの沈黙の後でお互いを認識する。志を同じくした、仲間として。
「あれ、わたし、寝ていたんだ?」
「最近多いな。あまり無理はしない方がいい」
「うん……なんだか、何か忘れてる気がするんだけど」
「業務か? それなら俺がまとめているから、気にせず休め」
「ほんと? なら、お言葉に甘えようかな」
お休み、と掛けられた声に覚えた感情は何だったのだろう。彼女を助けるために、彼女と共に生きるために学んだ筈の禁忌。その代償が、彼女への想いを消される物だったとしても、きっと、何度でも。また、日常を繰り返し。きっとまた、彼女に惹かれていくだろう。共に生きたいと願うだろう。それが永遠に叶うことがなくても。
…fin
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