神涙図書室 | ナノ




  ある日の兄の憂鬱



 図書室の端の一角、空いていた適当な席で、椅子にもたれて読書をしていたヴィルヘルム。その姿を見つけたギーゼラは、兄さん、と声を掛けた。

「ねぇ、聞いてよ。さっきアレフさんから連絡もらったんだけど、ノルってばまた大怪我したらしいの」

 形の良い眉を歪ませて、子供のようにむくれながら、もう、と大分怒った様子だった。まだ何事かノルことベルノルトに向けて、小言を繰り返している。その姿をちらりと一瞥すると、ヴィルヘルムは涼しい表情で読書を続けた。

「そうか」

「そうか、って……兄さん、心配じゃないの?」

 思いの外無反応だった義兄の態度に、肩透かしを食ったのか、瞬きを繰り返す。それきり黙りを決め込んだヴィルヘルムに、ねぇってば、と顔の前で手のひらを振り続け、本と視線を遮断する。しばらく我慢比べとなるが、とうとうヴィルヘルムが、ため息をひとつだけ、諦めたようにゆっくりとギーゼラに視線を合わせる。

「気にはかけているが……心配、とは違う」

 読んでいた本を机に伏せると、椅子を動かし、後ろから覗き込む格好だったギーゼラの方へ身体を向けた。納得がいかないような表情に向けて、口を開く。

「まあ、兄弟なんて、そんなものなのかもしれないな」

 何の気なしに呟かれたその言葉に、一瞬だけ傷付いたような表情を見せたギーゼラ。その一瞬を見逃さなかったヴィルヘルムは、すまない、と詫びた。

「不用意な発言だったか」

「いいの別に。私に血の繋がりがないのは事実だもの」

 そう言ったギーゼラに、どう言葉を掛けようか悩むように、視線を外して、口元に手をやる。

「……俺はお前のほうが心配になる」

 結果として口を出たのはそんな、素直な感情。言われたほうのギーゼラは、きょとんとして首を傾げた。

「なにそれ。私ってノルより頼りない?」

 それは納得いかない、とベルノルトの過去の無茶苦茶を挙げてくるが、それを遮るように、いや、とギーゼラを見上げた。

「ノルは、無茶はするが我慢はしないし、引き際は分かってる。お前は、無理も我慢もするし、引き際を見失う」

 う、と言葉をつまらせたギーゼラに、やれやれ、と。椅子と身体を戻し、伏せていた本へと向かう。向かいつつもまだ字は追わずに、だから、と言葉を続けた。

「大怪我をしたノルの心配はしていない。あいつは、それで済む道を見つけているだけだ。怪我をしないに越したことはないんだろうが」

 そう言われてしまえば、ふぅん、と納得したように。けれど少しだけ悔しそうに、眉を下げた。

「……そっか。やっぱり、流石兄さんね。ちゃんとノルの事分かってる。ちょっと羨ましいくらい」

「まあ、淡白なのも認めるがな。だから、お前は心配してやればいい。心配してる者がいる事をあいつが理解してくれればいいが」

「……うん、わかった。あ、でも私、兄さんも心配なんだからね」

「そうか、ありがたく受けておこう」

「あ、本気にしてない! 大体ね、ノルも兄さんも……」

 小言の対象が自分にうつったことで、読書に本腰を入れる体勢をとる。ギーゼラは、真剣に文字を追い始めた義兄を見て諦めたのか、最後に、もう、と頬を膨らませ、図書室を後にした。それを横目に、ヴィルヘルムは深いため息を吐いた。

...fin



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