雨の日とあまのじゃく
「ねぇ、ちょっと!」
雨の日の放課後。窓の外にしっとりと降り続く憂鬱な空を眺めていたレラウェリィ。突然、後ろから掛けられた不機嫌そうな声に、驚いて振り返る。
「クロムくん?」
振り返った先で見知った顔。すると、彼の視線は、自分の手の辺りを見ていた。不思議に思ってその視線を追うと、持っていたプリントを、クシャッと握ってしまっている事に気付き、慌てて持ち直す。少しだけばつが悪そうに腕を組み直すクロムだが、あのさ、と言葉を繋ぐ。
「きみさ、兄さんがいたよね? ちょっと、購買部、付き合ってもらえない?」
「あ……え、と」
「……都合、悪い?」
レラウェリィが言葉を濁すと、自信のある声音から一転、不安そうに様子を窺うクロム。
「あの、大したことじゃないですけど、ちょっと用事があって」
先程握りしめたプリントの提出期限が、明日の午後。早めに行ってしまおうかと、職員室を目指していた所だった。クロムに誘われた購買部は、もと来た道を戻るに等しい。
「……用事って、どうしても今片付けなきゃいけない事?」
寂しそうな、残念そうな声色を聞き取り、少しだけ迷って、いいえ、とレラウェリィは首を振って、しわしわのプリントを掲げて笑ってみせた。
「このプリントを提出しちゃおうかなーと思ったんですが、明日でも間に合います。雨の中をわざわざ職員棟に行くのもなぁって、迷ってましたし」
雨模様の外を眺める。まだまだ止みそうにはない。つられるように外を見たクロムも、確かに……と、雨に顔をしかめた。それでもまだ様子を伺うように、プリントとレラウェリィを交互に見る。そんな彼を安心させるように、大丈夫ですよ、と続けるレラウェリィ。
「そっか……」
目に見えてほっとしたような表情を作ったクロムだが、ハッとしてすぐに不機嫌そうに唇を尖らせた。
「……なら、最初から迷わないでくれる?」
ふん、と目を逸らした顔には、少し赤みが差していて。最初は苦手だった彼のこのテンポにも、なんとなく慣れてきた。少しだけ困ったように、でも優しく笑ったレラウェリィは、それで、と小首を傾げる。
「購買部になんのご用なんですか?」
「兄さんの誕生日……だから」
言いにくそうに、なんだか辛そうにも見えたその表情が気になりながらも、誕生日と購買部を繋げる単語を口にする。
「お兄さんに、贈り物ですか?」
「うん。でも、何贈ったら良いか分からなくて、毎年贈れてなくて。今年はあんたに相談できるかなって。あんたなら付き合ってくれるかなとか、兄さんに贈り物とかしてそうかなとか、良さそうなの、選んでくれそうかなとか」
早口でそこまで言うと、ハッとしたようにクロムは顔を上げた。
「おもっ……た訳じゃなくて! 偶然あんたが今そこにいて! 別に、探してた訳じゃないから、断ってくれても……良いんだけど、さ」
段々弱くなる語尾と外れる目線に、レラウェリィは、はい、と頷いた。
「じゃあ、行きましょうか。行きがてら、クロムくんのお兄さんの事、教えてください」
そう笑いかければ、ちょっとビックリしたような顔のクロム。しかしそれも一瞬の事で。すぐにふん、と鼻を鳴らす。
「じゃあ、さっさとしてくれる?」
そう言って先を歩き始めたクロムに苦笑していると、前触れなくピタリと足を止められて、レラウェリィもまた不思議そうに、歩き出そうとした足を止める。
「……ありがと」
それは、聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で。でも、聞き返したら2度と返ってはこないだろうから。
「どういたしまして」
ふんわりと返したその言葉が聞こえたのか、クロムは、安心したようにまた歩き出した。仕方ないなぁと、少し後ろを着いていく。雨が降り続く外を見ても、さっきより憂鬱にはならなかった。
...fin
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