神涙図書室 | ナノ




  みえないひかり※



「ハンネリーエ、あなたは、醜い子ね。男の子だったら良かったのに」

 そう言われたその日から、ボクになった盲目のわたしは、それでも母親に捨てられた。

 ……ーー誰か誰か誰かだれかだれかだれかダレカダレカダレカーー……

 たすけて。わたしを。此処から。

「可哀想に、おいで?」

 そうやって、助け出してくれた彼に様々なかたちでいたぶられて。何度目かの行為には、何も感じなくなった。逃げ出すための翼も折られ、逃げないように、死なないように。手錠を掛けられて、足枷と口枷をされたまま。
 ある日、彼は帰ってこなくなった。死ぬことすらできずに全てを失った。

 ここはどこなんだろう。船にも乗って。
 ずいぶん遠くに連れてこられたようだけど。
 だれか。くるのかな。こないかな。
 こなかったら、しぬのかな。
 どちらともわからないが、待つしかできない。
 待つことにも疲れ果てた、ある日。

「驚いたな、こんな場所に、人がいた」

 聞こえた声に顔を上げる。
 手錠を壊し、足枷と口枷も外され、水を貰う。

「あなたは……?」

「とある学院に在籍している者だよ」

 ずっと剥き出しだった身体に、柔らかい布が巻き付けられる。

「がく、いん?」

「どうする? キミも、訳ありなら来てみる?」

 鼓動が、早くなる。
 また、騙されるんだろうか。
 連れていかれた先で、また酷い目に合うんだろうか。でも、ここで起きた酷いことよりましなんじゃないだろうか。
 黙ったままのわたしに、その人は。

「……まぁ、死にたいなら、死ねば。身体は自由になったんだし? その様子じゃ、他人なんか信用できないでしょ」

「いき、たい」

 どんな場所でも、このままよりはましかもしれない。そうじゃなければ、そこで死んでも遅くはない。ボクは、と言い淀むわたしに、ふぅん、と短い頷き。

「そう? じゃ、行こっか」

 ぐい、と抱き抱えられて一瞬。見えないはずの光に、包まれた気がして。抱えてくれた人の匂いを確かめるように、わたしは、顔を埋めた。

 たどり着いた先で迎えられたのは、神の涙学院という場所。わたしを連れてきてくれたその人にパリス、と呼ばれた学院長は、わたしに使い魔をつけることを提案してくれた。

 わたしを此処に連れてきてくれた人には、あれ以来出会えていない。学院長に聞いても、本人が嫌がるので、と教えてくれずに。

 ただ、覚えているのは。
 淡白に聴こえる奥底に滲む優しい声と、砂のような香り。そして、学院長をパリス、と呼んだ親しげな声。

 学院にも慣れてきた、ある日。

 ふわり、と香った匂いに、慌てて振り返る。もちろんわたしに、その人の姿は見られない。

「アルテナイッ……!」

 慌てて使い魔の名前を呼ぶ。

「今、すれ違った人って……」

 誰、ですか、と。問い掛けた声に、アルテナイは不思議そうにする。

「特別講師の1人ですね。たしか、キーファルト講師です。滅多に学院には居られませんし、今までに貴女と接点はなかったと思いますが、どうかしましたか……?」

「……いいえ、何でもないです」

 キーファルト講師……。
 あなたが、わたしを生かしてくれた。
 姿も見ることはできないし、お話しすることもないかもしれないけれど。

 あなたのおかげで、この人生が最悪なまま終わらずに済んだ。少なくとも、私が知る世界が全てじゃない事を知れた。まだまだ人は怖いけれど、優しすぎる世界に不安と恐怖もあるけれど、もしかしたら、この先誰かを信じることができるかもしれない。そう、思えるようになった。

 私にとってあなたは、見えない光。実際見たこともないし、どんなものかもわからないけれど。だからこそ、それは、眩しくて、暖かいものだと、思っていられる。

 ...fin



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