神涙図書室 | ナノ




  しあわせのかたち★



 いつから、だったんだろうか。
 全く気づかせず、全く意識せず、全く自然に、ふと気づいたら、それはもう内側にいた。

 今日も何処かで意識を飛ばして、誰かに運ばれたらしい。保健室で目を覚ますと、隣にいたその影は、当たり前のように、ん? という柔らかい表情をこちらに向けた。その人物は、魔術科教師のレウェルティ。

「……なんだよ」

「先に見てきたのはきみだろう?」

「起きがけに隣に人がいたら確認するだろ」

「私がどこで一息吐こうが、私の勝手だと思うけれどね」

 カーディナルは、そーかよ、という呟きと共に上体を起こす。また少し視界が回る。それに短く舌打ちすると、何かで視界を覆われた。

 ぼやけた思考の後、ややあって、それが近くにいる人物の掌だ、と気づく。避けようと自らの手を重ねると、それが、妙に心地よく思えて、すがるように握った。

「……キミは、つくづく不器用な男だね、カディ?」

 ベッドサイドに腰掛ける気配。やれやれ、とあやすような声音が近づき、重ねた掌に柔らかい感触。唯一の片腕をしっかり握られて支えのつくれない相手は、そのまま少し、頭を預けてきた。

「そんなキミが、好きだよ」

 至近距離で柔らかく呟かれたその言葉を、揺れる思考、現実味のない世界で聞いた。

 いつから、だったんだろうか。いつのまに、そんな感情があったんだろうか。いつだって遠ざけてきたその感情は、拒否している限り、どうしたって与えられずに済むと思っていた。

「なんで……」

 まだ少し揺れている思考のせいか、相手の姿が見えない安心感か。自分でも驚くくらいの情けない声が漏れた。

「特に理由はないかな。ただ、ああ、やっぱり好きだなと思ったから、口をついて出てしまったんだろうね」

 特に気にする様子もなく、世間話でもするかのような雰囲気で続ける。

「受け入れてもらうつもりもないけど、キミには否定する権利もないよ。ただ、私がキミを好きだというのは、事実として存在する感情だから、仕方のない事なんだよ」

 残念ながらね、と呟く。
 それは本当に、残念だ、と。覚醒してきた意識が、握っていた手を、柔らかく下ろす。

「それだけで幸せって訳にはいかないだろーが」

「私の幸せなんて、キミが決めることじゃないよ」

「……なら、勝手にしろ」

「もとより、そのつもりだからね」

 ため息を吐いて下を向き、その後で、静かに合わせた瞳。カーディナル? と問い掛けられて、そういえば、と思い出す。

「キール、だ」

 何? というふうに首を傾けるレウェルティ。

「……呼ばれる事すら、嫌になった名前。誰にも、教える事なんか無ぇと思ってたんだが」

 呼んで欲しいと、思った。
 呟かれた言葉の後、そうか、とゆっくり頷いたレウェルティは。 

「なら、気が向いたら呼ぶことにしよう」

 キール、と。
 慈しむような柔らかい声音に、身体が動く。
 子供が母親にすがるように抱きしめた細い身体は、母親が子供にするように背中をさする。
 再び揺れた世界に、遠のいてく意識。目が覚めたら、これはもしかしたら夢なのか。力を込めた腕に、大丈夫、と声が降る。

「おやすみ」

 本当に、いつからだったんだろうか。
 全く気づかせず、全く意識せず、全く自然に、ふと気づいたら。向けられていたのは、愛情。それを、手に入れてすらいないのに、手放したくないと思っている自分がいた。恋愛や幸せなど意識する暇もなく、突き放すことすら上手くいかず、いつのまにか、気づいていた。

 戻りたくない過去があって、終わりを待つだけの現在に、見つけたこの感情の名前は。

...fin

special thanks...!
レウェルティ・ユハナ 魚住なな様宅



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