あいせき
しまった、と。図書室に入ってすぐ、キリンは後悔した。貸出カウンターの前も、設置された読書、学習スペースも、わやわやと賑わっていた。
テスト期間前の図書室。少し考えれば、人で溢れかえっている事など想像できたのに。学部学年関係なく人が集まるこの期間は、いくら地下に増設され続けている学院の図書室でも、どのフロアもそれなりに混雑している。
4階まで下りて人がいっぱいなら諦めようと、キリンは階段の方へ進んだ。
人とすれ違うのにうんざりしてきた頃、4階フロアの学習スペースへ辿り着く。机が併設されたスペースは落ち着けそうにないが、ソファーだけが並ぶスペースはまだ少し余裕がある。なるべく人がいないような所を、と首を動かす。端の、壁にぶつかるロングソファーでふと、視線が止まる。薄紫のセミロング、一部分だけ中途半端に伸びている髪を三つ編みにした、男の子。制服を見る限り、大学部の生徒だろうか。
ひそひそ声ながらも、どこかわやわやとした雰囲気の図書室内にあって、そこだけが静止画のような、異質な静けさを醸し出していた。静止画ではない証明は、本を捲る動きと、時折瞬かれる瞳。美麗な顔立ちはどこか神経質でつまらなさそうな印象だった。そんな近寄りがたい印象が人を遠ざけるのだろうか、複数人掛けなのに、彼が座るソファーには他に人がいない。
どれくらい眺めていたのだろうか、ふと、目線をあげた男の子と視線がかち合う。何? とでも問いたげに、首を少し傾げる仕草。その瞳と仕草が自分に向けられたものと気づくのに、少し時間が掛かった。ハッとして、キリンは口を開く。
「隣、良いかしら。どこも、騒がしくて」
見ていただけとは思われたくない。だからこそ、なんでもない、と言うのが躊躇われて、とっさにそんな言葉。ふぅん、と周りを見回した男の子は、なるほどね、と頷き、組んでいた足を正す。
「どうぞ」
「ありがとう」
少し離れた位置に腰を下ろすと、手にしていた本を取り出す。高位召喚術に関する解説書で、何種類かの術についてまとめてある。なんとなく内容が入ってこないこの本も、落ち着いて読めば何か違うかと、深呼吸する。しばらく本に視線を落としていたが、なんとなく違和を感じて、隣に視線を送る。すると、男の子がこちらの本に目を向けていた。
「それ、ボクも読んだけど」
こちらが目線をあげた事に気付いて、男の子は口を開いた。
「考察が足りてなくて、解説書として中途半端になってない? それとも、こっちの本って全部こんな感じな訳?」
こっちの本、が何を指すのかは解りかねたが、キリンはうーん、と本を掲げてみせた。
「物足りなくは……あるかしら。高位術の書物にしては」
「術式も図式化されてないしね。召喚術って、魔方陣必須か、簡略化するために呪文が複雑化するわけでしょ。それについての補足がされてないんだよね」
まぁ、いいんだけど。と、少し唇を尖らせるように不服そうな顔。
「ああ……私が物足りないって感じたのは、それなのね」
「読む本は選ばないと、時間は返ってこないしさ」
「それって、皮肉? それとも忠告かしら?」
「別に、ただの感想」
終わりましたよ、と掛けられた声に、彼は顔を上げた。つられてそちらを見ると、藍色のポニーテールの中性的な青年がこちらを見ていた。
「ああ、すみません、お話中でしたか?」
ソファの前までくると、キリンに顔を向けて、にこりと微笑む。人好きする、優しそうな表情に、少しだけ影を感じたのはなんだろうか。
「別に、たまたま相席しただけ。探してた本は見つかったの?」
「ええ、きみさえよければ戻りましょうか」
「ボクは別に待ってただけだし」
そう言って立ち上がると、青年に並ぶ。
「そうですか?」
首を傾げると、ポニーテールが揺れた。キリンに視線を送ると、では、失礼しますね、と丁寧に頭を下げた。つられて会釈をするが、先程まで話し相手だった彼は、振り返らずに歩いていった。
さて、とキリンは本に目を落とす。酷評されていたが、このまま読むのを止めるのは忠告を聞き入れたようでなんだか癪だし、と。そのまま読書を続ける事にした。 彼は見つけられなかったこの本から学べるものを、見つけてみるのも良いかもしれない。
後日、召喚術を習うクラスメイトに、それ途中で読むの止めたよ、と言われるのはまた別の話。
...end...
2019/04/11 修正
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