神涙図書室 | ナノ




  シャーリッドの森



 閉ざされた山や、人の侵入を拒むかのような森。
 そんな自然が多い北の地に、ベリストゥーラは居た。吹き付ける雪、冷たい風。目を凝らさなければ、目標を見失うような悪条件。そんな吹雪をものともせずに目の前を走る青い狼を、べリスは必死で追った。

 群れからはぐれた青い狼が、どうやら獣人の子であるらしいと、この地に住まう、シェロという樹の精霊が教えてくれた。
 人が怖いのだろう狼は、軽く威嚇したあと、一目散に逃げ出した。

 ようやく追い付いた行き止まり。巨木や崖に囲まれて、吹雪が弱まったように錯覚する。そんな中、逃げ場をなくして、観念したように威嚇する狼に、手を差しのべる。

「怖がらなくて良い。人の言葉は、分からないか?」

 自らが獣人だと知らぬまま手近な獣の群れに混じり、はぐれたか、群れを追われたのだろうか。ウウ、と短い唸り声を上げたあと、後退りする。このまま獣として生きていけない事もないだろう。だが、この険しい偏狭を生きて行くのは、野生の獣ですら難しい。出会った以上は、保護してやりたい。

「俺と来ないか。悪いようにはしない」

 両手を広げ、敵意が無いことを示す。 あえて、隙を作るように力を抜くと、狼は、予想通り飛び掛かってきた。右腕にしっかりと噛みついた力は、衰弱しているのか、身体の大きさのわりに、弱い。
 そのまま左腕で抱え込むように身体を押し付けると、最初は噛みついたままもがいていた狼は、次第に力を抜いた。撫でるように身体を擦ってやると、噛む力を抜いた。力量の差が分かり、尚且つべリスが己に危害を加える訳ではないと察したのか、噛みついた牙を抜く。両手で脇を抱えて目を合わせると、オッドアイの瞳が不安そうに揺れた。

「大丈夫だ。力を抜いてみろ」

 衰弱した身体を抱き締め、安心させるように擦る。
 しばらくそうしていると、撫でた感触が滑らかなものになる。視線を落とすと、青い耳、青い左腕の男の子が、スゥスゥと寝息を立てていた。見掛けは初等部の頃だろうか。

「それが、お前の精一杯の姿なんだな」

 ふ、と微笑みながら、頭を撫でる。荷物の毛布でその身体をくるむと、ようやく自分の腕の痛みを自覚する。治りが人より早いとは言え、この寒さの中、出血くらいは止めないと危ないか。べリスはのんびりと治療を始める。

 一息吐いて、視線を男の子に向ける。
 シャーリッドの森。シェロという精霊に助けられ、生きてきた。時の流れは、この子にとってどういうものだったのだろう。

「エイジ・シェロ・シャーリッド」

 シャーリッドの森で、シェロと共に過ごした時代。
 それが糧になれば良いと、べリスは、そう名をあげた。一先ず集団生活ができるくらいまで面倒を見て、それから学院に預けるか、とべリスはぼんやりと考える。

「さて、と」

 どうやら吹雪も弱まったようだ。とりあえず雪を凌げる場所を探そうかと、エイジを背負い、移動を開始する。

 後ろでは、その姿が見えなくなるまで、シェロの精霊が見守っていた。


...end...





prev / next

[back]










* top *


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -