はなのなまえ★
「目標全ての生命活動停止を確認。帰還する」
大鎌を手にし、黒い外套を纏った男が、通信機に向かって呟いた。足下には無数の亡骸。無造作に束ねられた灰黒の長髪が、風に靡く。
戦闘用の軍ECとして働いている彼は、必要以外の感情を持つことを許されず、自身も望まなかった。そうやって得た未来には、何の不満もないし、何も感じない。
ただ。時折。
地面から視線を上げると、黄色く力強く咲いた花に目が行く。
「ミモザ」
『どうした、04?』
呟いた瞬間、繋げたままだったらしい通信機から、上官の声がした。無機質に呼ばれた数字に、何も、と応えて、通信機を切る。
「ミモザ……?」
何故自分は、あの花の名前を知っているのだろうか。
記憶の向こうに、白装束の、ふわりとした笑顔が見えた気がした。そうだ、あれは、学院にいた頃の。
『エイル殿はこの花に秘められた想いをご存知?』
花に想いなど、ありはしない。
確か自分は、そう答えた。
時折。そうやって思い出す記憶がある。人はそれを思い出と呼ぶらしい。
軍での必要最低限のコミュニケーション能力を学ぶため、学院という場所に通っていた頃の記憶は、自分の中に欠片として残っている。様々な人種と関わり、様々な知識を得ていた頃。
今の自分に、何の不満もないし、何も感じない。それは、事実だ。ただ、昔の自分の側には、望む望まないに関わらず、常に誰かの影があった。今の自分の側には、望む望まないに関わらず、誰も近づかない。そして自分にとっては、それが幸でも不幸でもない。幸も不幸も、知らない、知る必要がないのだから。
「……花に感情があって、もしも別の地に生きたいと願った場合、花は、どうすれば良い」
呟きは、風に溶けた。
このミモザという花は、誰も訪れない戦の跡地、亡骸が転がっている中で咲き続けたいと願うのか。願わなかったとしても、ここで咲く他ない。
「……どうかしているな」
花は、花だ。
彼は少しだけ、昔の記憶と、ミモザの花を見つめると、その場を立ち去った。
在るべき場所に咲くということ。
もし感情があったとしても、花にできる事は、それしかないのではないか。
自分にもし感情があっても、在るべき場所に生きるしかできないように。
薄闇が、空を支配していく。じわり、じわりと。
薄闇が、心を支配していく。じわり、じわりと。
それでも、忘れない記憶があった。
花の名前と、白い人。
end
Thank You
文月ゆとさま キクコ・アマテラス(台詞のみ)
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