神涙図書室 | ナノ




  全てが嘘に見えた中で



 私、西村さくにとって、この世界は全てが嘘だった。

「歳を取らない学院長に、剣と魔法。美形が多い同級生や先生。デフォルトのレベルが高すぎる……」

 お世辞にも可愛くない私には、皆が眩しい。
 なんの取り柄もない平凡な女子高生が、剣と魔法のファンタジー世界に迷いこんだ。そのおかげで命が助かったわけだが、その後の生活を考えると、おとなしく天寿を全うしていたほうが良かったのかもしれない。助けてくれた先生には、感謝しているけど。

「ん……? 迷った?」

 移動教室の途中だった私は、曲がり角を曲がったところで、違和感を覚えて立ち止まる。広すぎる学院内。目的地に向けて歩いていたつもりだったが、周囲の教室のプレートは、自分とは関係のない場所を示していた。

 周囲を歩く生徒は皆見覚えが無いし、声を掛けるのはちょっと躊躇う。

「お困りですか?」

 きょろきょろしていると、後ろからそんな声が掛かる。

「あ、ちょっと道に迷って……」

 助かった、とばかりに振り返ると、目が眩んだ。ような気がした。
 後ろに立っていたのは、現代にいたらまずお目にかかる事は無かっただろう、金髪紫目の男子生徒。それがにこやかに微笑なんか浮かべてるから、もう止めてほしい。ときめくを通り越して、戸惑う。

「道に? それはいけませんね。あなたのような可憐な少女が行く先を見失っては、辿り着くべき場所の光が失われてしまいます」

「……はい?」

「まあ、そのおかげで僕はあなたのような天使に出会えた訳ですが。ああ、そうだ、それではどうかこのオズワルドに、あなたという天使を目的地にお連れするお役目を任せて頂けませんか?」

「いや、あの」

「ああ、あなたのような愛らしい方をご案内するには、僕では役者が足りないのでしょうか? 情けないです。日々の努力が足りなかったのが悔やまれます。ですがどうか、今日だけは僕にご案内を任せては」

「ちょ、ちょっと、待って止まって静まって! ストップ!」

「はい?」

 微笑を浮かべたまま、つらつらと言葉を並べ立てる目の前の男子生徒に、できる限りで静止をお願いする。念のため横文字も加えて、両手で静止を促す仕草もしておく。男子生徒が黙ってくれたのを確認し、はあ、と一息吐く。

「あの、道案内は頼めるならお願いしたいんだけど、できればその」

「お許し頂けるんですね! あなたの横を歩けるなんて光栄ですよー」

「だからね、それ、そういうのは止めてもらえないかな」

「と、言うと?」

「可憐とか天使とか、オーバーなリアクションとかさ。そんな事言ってもらえる容姿じゃないのは、自分が良く知ってるし。嘘だってわかるからさ」

「嘘なんかじゃありませんよ。あなたと時間を共にできる事を素直に嬉しいと思いますし、あなたは可愛らしいですよ?」

「だから、そう言ってもらって、素直に喜べる出来じゃないんだってば。そりゃ、この世界の女の子達は皆可愛いと思うけど」

「確かに、女の子達は皆可愛いです。だから勿論、あなたが可愛らしいという事実も消えませんよ」

「わかった、それがあんたのキャラクターなんでしょ? 軟派な感じ? だからって、私にまで気を使わなくて良いよ、徹底してるね。他の子に比べたら全然でしょ」

 ああ、またこんな台詞。私、なんて嫌な奴なんだろ。

「比べたり、しませんよ」

「え?」

 不意に、真面目な調子に変わった声が気になって、俯いていた顔を上げる。にこやかだった顔は、少しだけ表情を無くしていた。しかし、目が合うとまた、それが当たり前みたいににっこりと微笑む。

「他の子と比べたら、勿体ないです。他と比べるのは、無意味ですよ。あなたはあなたです。どうか、卑屈にならないでください。まあ、奥ゆかしさもまた魅力なのでしょうが、行きすぎた謙遜に意味は無いですよ。あなたは、魅力的な方です」

 なぜだろう。今までの彼の言葉は、全部用意された台詞に聞こえていたのに。比べない、そう言った言葉は、妙に熱がこもって聞こえた。それは、比べられた事のある人にしか、発せられない熱のような気がする。
 そんな事を考えながら、思わず言葉を無くしていると、ああ、と何かに気づいたような表情を作る男子生徒。

「そんな顔もなさるんですね。ポーカーフェイスも愛らしいですが、僕の言葉で頬を染めてくれるなんて、嬉しいです」

「は?」

 言われて初めて、少しだけ顔が熱い事に気づく。頬に手をやる仕草に、クスリと笑みを溢す。それがなんだか、余計に気恥ずかしい。ああ、らしくない。

「さあ、何処へなりともご案内致しますよ、お姫様」

「止めて、さすがに鳥肌ものだから」

 優雅な所作を見せてくれた彼は、おや、と残念そうに肩をすくめた。それはやっぱり、人間味の無い、お芝居みたいな仕草。

「でもさ、わかったよ。あんたのその言葉も、性格も、やっぱり理解も納得も出来ないんだけどさ。あんた、なんとなく悪い人ではないよね」

 その台詞に、彼は少しだけ目を丸くする。しかしそれも一瞬で、ありがとうございます、と笑う顔は、どこか偽物くさい。

「あんたの言葉や態度は、今でも全部嘘だと思うよ」

「残念です」

 そう言いながらも、さして残念そうでもなく微笑む。

「でも、比べないって言ってくれた事だけは、信じても良いかなって。確かに私、この世界に来て、なんか卑屈になってたのかもだし。まあ、だからさ、ありがとね」

「お役に立てたなら光栄ですよー」

 作られたみたいな綺麗な笑顔。それには多分、特別な感情や意味はなくて、それが彼の標準装備なんだろう。私が、無表情を標準装備にしたみたいに。

「そう言えば、名前聞いてなかったかも。私、西村……ええと、サク・ニシムラ」

「オズワルド・アンシャンテと申します。どうぞ、お見知りおきを。おや?」

 自己紹介を終えると同時に、授業を告げる鐘が鳴る。

「ああ、間に合わなかった……。あんまり目立ちたくないんだけどな」

「多少遅れて目立つような学院じゃありませんよ。どちらまでです?」

「それもそうか。えっと、神聖術の第2教室なんだけど」

「じゃあ、隣の廊下のほうですね。大丈夫、数分ですよ」

 ご案内します、と前に立たれて、え? と聞き返す。

「案内してくれるの? そしたらオズワルドさんが遅れちゃうよ」

「大丈夫です。元より野郎の授業に出席する気はありませんから。同じ授業を取っている女性達に会えないのは心苦しいですが、1時間男の授業をただ聞いているのも耐え難い」

「ほんと、徹底してるね」

 本当なのか、嘘なのか。にこやかな笑顔に隠された真意は分からないが、まあ、頷いておく。

「それに、あなたとの時間が、もう少しだけ欲しいですから」

「……良くまあ色々出てくるよね?」

 本当に、呆れるを通り越して感心する。

「なんの事でしょう?」

 とぼける笑顔。こちらも、気を取り直して、咳払いを1つ。

「じゃあ、案内よろしくオズワルドさん」

「喜んで、サクさん」

 私にとって、この世界の全てが嘘に見える。それは今でも変わらない。
 でも、そこに生きる人達に、ほんの少しでもリアルな人間味を見つけた時。そんな出来事が積み重なれば。この世界が、本当に存在するんだって、信じられる気がする。

“比べない”

 全てが嘘に見えた中で。
 その1言だけは、リアルな人間味のひとつとして、ありがたく受け取っておこう。


『全てが嘘に見えた中で』end






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