神涙図書室 | ナノ




  傘を差さずに



 いつも、雨に濡れて歩くあの後ろ姿。見ている方が不憫で、どうして傘を差さないの? と叱りつける。

 すると、心底不思議そうな顔が返ってくる。

「だって、雨はいつか止むでしょ」

 なんだかそれを、凄く羨ましいと思った。

 そして、傘で雨と自分を遮る行為が、ひどく不自然に思えたのだ。

 ふわり、と傘を外す。襲ってくる、途切れない雨粒のシャワー。いつもは鬱陶しく感じる、髪や衣服を濡らす雨が、気持ち良いと感じた。楽しいと感じた。

 なんとなくにやけるのが、自分でも分かる。隣を見れば、満足そうな微笑。

 それを認めたくなくて、慌てて傘を差し直す。

「でも雨は苦手だわ。今がなんとなく楽しいのは、エルが隣にいるからよ。いつもはやっぱり、鬱陶しいもの」

 唇を尖らせると、仕方ないなぁ、という呟き。笑ったような、困ったような、そんな表情が返ってくる。

「いくら鬱陶しくても、いつか止むんだよ、雨は」

 少し言い聞かせるような口調が気になって、え? と聞き返す。

「どんなに曇り空が続いても。雨が止まないことは、ないから」

 諭すような、そんな言葉の裏の意味はまだ知りたくなくて。
「分からないわ」

 分からない振りをして傘を回す。

「そっか」

 感情が読めない無表情はただ呟く。

「そうよ」

 何も分からない子供の振りをしていれば。

 貴方は、ずっと側にいてくれるのかしら。


......end......





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