神涙図書室 | ナノ




  ローズキャンディ



 初めて心から好きになった女性が、母親になりました。

 母親が死んで、父親と2人暮らし。仕事一筋の父親とは、1対1での会話をした事は数えるほどしかなく。母親がいる事で成り立っていた家族関係は、ギクシャクしはじめた。

 そんなとき、父親が雇った若い家政婦。優しく接してくれる彼女に恋した幼い自分。バラの花が好きな彼女に、ローズキャンディを買って。プレゼントして気持ちを伝えようと、家に帰ると。

「オズくん、私今日から貴方のお母さんになります……!」

 頬を染めた彼女の肩に、父親の手が置かれた。

「お前は、反対か?」

 ああ、やっぱり。

 一瞬だけ表情を無くす。しかしすぐに、慣れた作り笑顔で、父親と彼女を見た。

「子供じゃないんです、反対なんてする訳ないじゃないですか。お幸せに」

 実感はなくても、この男と自分は親子なんだろう。好みは、良く似ていた。

 色々あって、逃げるように学院に来て3年。

「あ、オズワルド先輩こんにちは!」

「おや、クノンさん。今日も可愛らしいですね。穏やかな昼下がりに、貴女の笑顔に会えて嬉しいです」

「え? あ、あはは、ありがとうございます。あ、そうだ、良かったらキャンディどうぞ!」

 ごそごそと鞄を探って、可愛らしい包みを取り出す。

「ありがとうございます」

 にっこりと微笑むと、満足そうに笑って、失礼します、と駆けて行く。弾むような軽やかな姿を見送ると、もらった包みを剥がす。その香りに一瞬だけ手を止めると、口に放り込む。

 口に広がったのは、ローズの香りと上品な甘さ。思い出される優しい笑顔。

「僕もまあ、女々しいと言うか……」

 しかし、カラコロと舌の上を転がる香りが、懐かしいと思えるくらいには月日が経ったようだ。

 幼い頃から閉じ込めた、寂しがり屋で臆病な自分。悟られないように、幾重にも被った仮面。

 気づいてくれたのは、彼女だけだった。そんな彼女を好きになった。好きになったその女性は、母親になりました。

 ふわりと香る、ローズの思い出。

...end...





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