チュンチュンと小鳥の声が窓の外から聞こえる。
レースのカーテンから朝の光が薄く射し込み、ベッドの上に光の波をうつしだした。

「んぅ・・・」

薄い光でも眩しく感じたのか、リュウジは窓に背を向けるように寝返りを打った。そのまま、反対側にいるはずのヒロトの方へとすり寄っていく。手をもぞもぞと動かしてヒロトの体を見つけると、そのままぎゅっとヒロトのシャツを掴んだ。ヒロトの胸元で丸まるようにして眠る姿はまるで、

「猫みたいだね・・ふふ、かわいいねリュウジ」

ヒロトはそう呟いて、リュウジの顔にかかった髪の毛をはらってやった。そのまま、ほどかれたきれいな緑の髪をなでると、リュウジは薄く目を開けた。

「・・・ヒ、ロト・・・おはよ・・・」

寝ぼけ眼で目をこする姿はとても成人男性には見えない程のかわいらしさで、こんな無武備な姿を見られる幸せをヒロトは改めて実感した。
ボーっとベッドの上で座り込む姿はとても平和だ・・・リュウジが時計を見つけるまでは。

「ん、あれ、ちょっ、・・・ヒロト・・・?」

ベッドサイドにおかれた時計を掴んでリュウジがゆっくりとヒロトの方を振り返る。笑顔を浮かべているのに目はすこしも笑っていない。手の力が入り、時計がぎしぎしと音を立てた。

「な、ん、で!この時間になるまで起こしてくれなかったの!」

「それはリュウジが悪いよ、あんなに可愛い寝顔を見せられたら俺は起こせないね。」

「何バカなこと言ってんだ!!ああああもう準備しないと!!」

平和な雰囲気から一転して、リュウジはあわただしくベッドを抜け出しキッチンの方へ走っていってしまった。後からしぶしぶといった表情でヒロトもベッドから起き上がり風呂場へ向かう。

「リュウジ、洗濯機を回すけどもう他に洗濯物はないかい?」

「あーないはず多分!」

「了解。」

慣れた手つきでヒロトは洗濯機に洗剤を入れスイッチを押した。共働きの二人の朝はそれぞれすることが決まっている。吉良家では、かいがいしくはたらく奥さんとどっかりとソファに座ってコーヒーをすすりながら新聞を読む旦那さんという光景はまず実現不可能だろう。

(まあ、俺としては洗濯担当だとリュウジのパンツが見れていいんだけどね)

そんな思春期男子のようなことを考える24歳成人男性のヒロトには、洗濯機が洗濯を終えるまでにゴミ捨てをするのも日課だ。ゴミ袋を片手にキッチンの方へ行くと、リュウジがほうれん草とベーコンを炒めているところだった。フライパンの傍らには溶き卵が入ったボウルがおいてある。トーストの焼ける良い匂いが漂い、コーヒーメーカーがこぽこぽと音を立てる。

「やぁ今日はオムレツかい?」

フライパンを使うリュウジの後ろからひょっこりヒロトが声をかける。

「うん、ほうれん草があったからほうれん草とベーコンのオムレツ。」

リュウジはそう答えながらも手は休まず料理を続ける。いためた具材を溶き卵の中へ入れ、軽く混ぜるとフライパンの中へ流し込む。フライパンを揺すりながら箸で卵をかきまぜる。片側に卵を寄せるとちょいちょいと箸で形を整え、火を弱火にした。こうしてきれいな玉子色のオムレツが出来上がると、リュウジは満足げにうなずいた。

「料理上手なお嫁さんをもらうと幸せだね。」

ヒロトが出来上がったオムレツを見ながらそう呟くと、

「誰が嫁さんだよ、誰が。」

とリュウジは菜箸を持った手でヒロトの頭を小突いた。しかし、再びフライパンとむきあったリュウジの耳が真っ赤なので照れてることは丸わかりだ。ヒロトは声には出さず再びしあわせだなぁ、と呟くとゴミを出しに外へ向かった。

ゴミ捨てを終えたヒロトの次の仕事は洗濯物を干すことだ。広めのベランダへ出る。今日は気持ちよく晴れているけど少し風が強いな、と思いながらヒロトは手早く洗濯物を干していく。途中リュウジの服をじっくりながめまわしてやはりリュウジはかわいいし色っぽいということを再確認した以外は普通に干し終えて中に入ると、エプロンをつけたリュウジが朝ご飯だよとヒロトを呼んだ。

「いただきます。」

ヒロトが手を合わせてそう言えば、リュウジはどうぞめしあがれと笑った。トーストにオムレツ、サラダにコーヒー。完璧な朝ご飯。すべて本当はゆっくり味わっていたのだけど、

「!ヒロト時間、時間!!やばい!!」

時計は無情にも時を進めていく。ヒロトとリュウジはあわてて朝ご飯を口に詰め込んでテーブルをたった。ヒロトは洗面所にかけこんで寝癖がついた髪の毛を整えていく。

「いいよなぁリュウジは。寝癖が酷くても結べばなんとかなるしね。」

髪の毛の量が多いヒロトはドライヤーを使いながらそうぼやいた。リュウジはじゃあヒロトも結べば!と言いながらクローゼットのドアをあけて、今日着る服を出していく。

「こないだクリーニングにだしたジャケットは・・・あったあった。」

しかし自分が着ようと思っていたパンツがない。おかしいなぁと首をひねる。

「ヒロトー俺のパンツ知らない?」

洗面所にいるヒロトに聞いてみると、ヒロトも首をひねりながら知らないなぁと答えた。髪を整え終わったらしいヒロトがベッドの上にリュウジがおいた今日の服に袖を通す。髪も整えないといけないし時間がない、とあせるリュウジに、

「じゃあスカート履けば?俺の前々からの希望をかなえてよリュウジ。ほらミニスカ秘書。」

とさらりと言ってのけたヒロトを睨みつけながらもリュウジはあたりを探しまわった。

「あっれ・・・どうしよ。ヒロトのじゃ少し大きいんだよね。」

ベルトつければ大丈夫かな、とリュウジが一人呟くと、ヒロトはクスクスを笑った。

「なーにわらってんだよヒロト。」

人が困ってるのを見て笑うなんて!とリュウジが目を吊り上げると、ヒロトはごめんごめんそうじゃないんだと笑いながら言った。

「昔はリュウジの方が大きくて悔しかったから。やっと今身長をぬかせて嬉しかったんだよ。」

「たった数センチの差だろ?なんでそんなにこだわるかな・・・。」

リュウジが呆れたように言うと、ヒロトはリュウジの頭をなでながら言った。

「好きな子より大きくなりたいのが男だろ?」

それにキスも俺の方からしやすくなったしね、とヒロトは優しく笑う。
リュウジは少し顔を赤くしたが、ヒロトの手を外しながらぽそりと言った。

「・・・だったら俺もヒロトより大きいままでいたかったんだけど。」

俺だって男だし、と呟くリュウジは照れ隠しのように部屋を出て行った。

「・・・やるねリュウジ。」

不意打ちの反撃だなんて、とヒロトは照れたように呟いて、手で口元を覆った。


結局、リュウジのパンツは見つからず、代わりにヒロトのを借りて出勤することになった。時刻はかなりギリギリだ。

「はぁ、どこいったんだろ。」

玄関で靴をはきながらリュウジがため息を吐くと、ヒロトがまた探せばいいさと慰めた。

「さて、行こうか。・・・緑川。」

ドアを開けたヒロトがリュウジへ告げる。

「・・・はい、社長。」

射し込んできた朝日に目を細めつつ、リュウジも立ち上がってドアを後ろ手で閉めた。

「今日の予定は?」

「午前中は社内で会議が、午後からは取引先の方がいらっしゃいます。」

「昨日発生した問題についてはいつ報告が入る予定?」

「早ければもう入っているかもしれません。遅くとも今日中かと。」

カツカツと靴の音を立てながら地下の駐車場を歩き、愛車のドアを開ける。

「じゃあ、今日も一日よろしくね、秘書さん。」

「しっかり働いてくださいね、社長。」

顔を見合わせて少し笑うと、ヒロトはエンジンをかけた。
こうして、今日も一日が始まっていく。




 吉良家の朝 


吉良さんと緑川さんは家ではお仕事の話しないけど、玄関出た瞬間にスイッチが切り替わるよ!というお話でした。

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