茜色
※注意
イナGOで基緑が出る前に書いていたものなので設定が違います。
基山と緑川が同棲していて、緑川がヒロトの奥さんだと考えてください。
「あ。」
聞きなれた声が聞こえた気がして、ヒロトは振り返った。
久しぶりに早く帰れた午後六時。日が沈んで、ほんの少し残された陽の光が夜と混じり合い、空は薄く紫に染まっていた。薄暗い夕方に、商店街の光が明るく光る。暖かい色に一日が終わった後の疲労と幸せを感じる。そんな幸福な光景をバックにリュウジがにこにこしながら立っていた。手にはたくさんの品物が詰められてパンパンに膨れた買い物袋が二つ。
「リュウジ、いま夕食の買い物かい?」
少し買い出しに行くには遅い時間な気がして、ヒロトがそう尋ねると、リュウジは照れくさそうにわらった。
「つい昼寝しちゃってさ、気付いたら外が暗くなってたんだ。」
そういえば、リュウジの髪には寝癖ができていた。ヒロトは笑いながらリュウジに近寄って、寝癖を軽く整えた。ヒロトの手を気持ちよさそうに受け入れて、リュウジはうっとりと微笑んだ。だいすきなて。昔より少しだけ大きくなった手はリュウジの頭をなでるのに最適な手だった。もっと撫でろと言わんばかりに手に頭をすりつけてくるリュウジを猫みたいだ、と思いながらヒロトは望み通り頭をぐりぐりと撫でまわした。満足げな顔をしてリュウジがヒロトの手を引っ張る。
「ね、ね、アイス買って帰ろうよ!もう持てないと思って買わなかったんだけどさ、新しい味が出てたんだよ!」
はいはいとヒロトが笑いながら、さりげなくリュウジの手に握られた袋を持った。
「・・・む。」
「どしたのリュウジ。」
ぐいぐいとヒロトを引っ張っていた力が急に弱まった。隣に立ったヒロトがいぶかしげにリュウジの顔を覗き込む。スーパーの光に照らされたリュウジの顔はなぜか不満げだった。
「なに、なんで不機嫌になってるのリュウジ。」
言ってくれなきゃ分かんないよとヒロトが笑いかけると、リュウジが顔をふいっと背けながら言った。
「なんか、そういうことがさりげなくできるのがムカつく。」
しかも似合うし!とリュウジは眉をしかめた。
ヒロトのこういう行動は昔からのことだったし、別に今更自分が出来ないことをサラリとやってのけるヒロトに対して嫉妬はしない。
でも、
「・・・俺が知らないとこでこういうことしてんのがやだ。」
ずっと同じ場所で生きてきて、どんなところも共有していると思っていた。お互いの目の届く範囲にいたからこそ、ヒロトの気障ったらしいとこや誰にでも優しいとこ、紳士的なところ、すべてひっくるめて女の子にもてそうな部分にあまり不安を感じずに過ごせていた。でも今は、ヒロトは昼間、リュウジの知らない顔で知らない相手と一緒にいる。
怖い、ヒロトが盗られてしまわないかと不安になる。ヒロトが信じられないわけじゃない。自分が信じられないのだ。
くすりとヒロトが笑った。
「ばっかだなぁリュウジは。」
そう言って、リュウジの宙ぶらりんの手をぎゅっと握った。手袋も何もつけていない手は驚くほど冷たい。冷え切った手を暖めるようにヒロトはするりとリュウジの指に指を絡めた。
「男の優しさなんて、みんな下心があるに決まってるだろ。誰にでも無条件に優しいなんて聖人じゃないよ俺は。いつだってリュウジに頼ってもらいたくて、必死なんだよ俺も!」
きょとん、としたリュウジのおでこにつないだ手をこつんと当てる。つめたっ、とリュウジが身をよじる。そのまま手を避けるようにしてヒロトに背を向けた。
「そんなことしてもお前が照れてるのは丸わかりだよ。」
「・・・なんで。」
ちらり、と顔を赤く染めたリュウジがヒロトの顔を見た。
「頭隠して尻隠さず、ってね。耳が赤いですよ?リュウジさん。」
くっくっくっと笑うヒロトの冷たい指が耳をつまんだ。
「お前の、そういうとこが嫌い!」
恥ずかしさからか目を潤ませたリュウジはそう叫んでまた顔を背けてしまった。
しかし、
「ごめんごめん、お詫びにアイス買うから、ほら俺の奢り。」
そうヒロトが言えば、リュウジは黙って空いている手でヒロトの手を握った。
「・・・ハーゲンダッツだからね!」
「はいはい、分かったよリュウジ。」
こうして二人並んでスーパーへ向かって歩いていける、そんななんでもない毎日がたまらない幸せだなんて俺も安いなぁ、そうヒロトは一人笑った。