望月

ひゅうっと涼しい風が吹き抜けた。その風の冷たさにああ、もう季節は秋なのかとヒロトは思った。まだまだ日差しは夏の面影を残しているが、夕方にもなるとだんだん気温も下がってくる。
夕暮れの河原を一人で歩くのは久しぶりだった。中学校時代はよく円堂や雷門イレブン、そしてリュウジと練習に訪れていたのに、とヒロトは懐かしく、どこか切なく思った。気づけばもう大学生。リュウジとは別の大学へ通いだし、お日さま園を出て一人暮らしを始めてしまうと会う機会は激減した。お互い授業にバイトにサークルにと忙しく日々を過ごしているとメールさえできない日もある。仕方のないこととは思いつつ、会いたい気持ちがなくなるわけではない。ヒロトは、もう何日会っていないのだろう、とため息をついた。

こうして、茜に染まる土手を歩くと思いだす、幼い日々の思い出。
あぁ、昔はよくこんな土手で昆虫を追いかけたり、草スキーのまねごとをして遊んでいたっけ、と思いながらヒロトはなんとなく立ち止まって土手を見下ろした。
土手は一面すすきに覆われて、夕焼けを反射してオレンジに染まっていた。時折吹く風に白い穂がさやさやと揺れる。その波を見て、ヒロトはふと思いついたことがあった。携帯を取り出してそれを確かめる。

(やっぱり、今日が十五夜か。)

一年で一番月が明るく綺麗に夜空に浮かぶ日。お日さま園ではすすきを誰かがとってきて飾り付け、月見団子を作って食べるのが毎年の恒例行事だった。楽しい思い出。思い出せばいつもリュウジははしゃいでいた。

(リュウジはみんなと騒げるのが好きだったからね。)

知らず口元に笑みがこぼれる。
今年の月見はひとりぼっちでどうしているのだろうか?
ヒロトは近くに生えたすすきを二三本ぶちぶちとつんだ。ふわふわの白い穂をつけた束を抱えれば、まるで花束のようになった。寂しがり屋の君へのための今日しか意味を持たない特別な花束。

(この格好で会いにいったら、きっとリュウジおどろくだろうな。)

びっくりして騒ぐ顔が思い浮かぶ。
リュウジはきっとお団子を用意してくれるだろう、そのくらいしてくれないとこの恥ずかしさと釣り合わない。

(さ、早くいってあげよう。)

空の端が藍色に染まりだした。月が昇ってしまう前に、君に渡したい。
このまま君の部屋のドアの前まで、このワクワクした気持ちで。
ヒロトはしっかりとすすきの花束を抱え直して、急ぎ足で歩きだした。



おつきみどり



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