「南沢さん」

蘭丸がこういう目をしているときはすぐに分かる。
飢えて乾ききってギラギラした目。それでも、なにか大切なものを保とうとする目。
他の奴の前では、神童の前では絶対に見せない目。
俺はこの目が好きだ。

「・・・いいぜ、こいよ」

だから俺は望まれたことをしてやる。

部屋に入った瞬間、噛みつくようなキスをされる。何度も、何度も。口の端からのみこめなかった唾液をだらだらとこぼしながら、深く深くキスをする。キスの最中にだって蘭丸の目は変わらない。憎くて憎くて仕方ない、渦巻く感情を浮かべる瞳。その瞳に見惚れている間に、ガリッと音がした。あとに遅れて広がる鈍い痛みと鉄の味。

「っ・・・」

痛さに顔をしかめる俺を気にもせず、蘭丸は赤く染まった唇を丁寧に舐めた。ご丁寧に傷口まで。ジンジンとした痛みが伝わり、唇が深く切れていることを知る。
舌が水音を立てて傷口から離れた。思わず息を吐き出した瞬間に後ろのベッドに押し倒される。

「南沢さん、すいません。」

下を向く蘭丸が押し出すようにして出した声が無意味な謝罪をする。その言葉には申し訳なさなどこれっぽちも含まれていない。代わりに感じるのは憎悪や嫌悪、焦り。
それでいい。
頷くのと同時に蘭丸が俺に覆いかぶさった。




「あれ、南沢さんどうしたんすかその傷。」

倉間が俺の顔を見て驚いたように言った。視線の先をたどると、こないだの唇の傷に指が触れた。まだチクチクと痛むそこ。触ると湿っていて、指に赤い血がついた。

「ああ、練習んときにこけて切れた。ほっといてだいじょぶだろ。」
「血出てるじゃないすか。これ使ってください。」

倉間が差し出したティッシュを借りて唇を乱暴に拭う。余計に溢れる血。
不意に視線を感じてその方向を見やると、あわてて蘭丸が顔をそらした。それでもかまわず蘭丸の方を見て、ちらりと唇を舐めて、笑った。できるだけ厭らしくできるだけ馬鹿にした風に、笑った。その瞬間蘭丸の顔色が変わった。目がスゥッと細められて視線が冷たくなっていく。優しい優しい俺は口パクで「神童」と言ってやった。途端に目が元に戻って慌てたように後ろにいる神童の存在に気を取られだす。滑稽だ。それと同時にその後に自分に向けられるであろう目を期待する自分も滑稽だと思う。

向けられる憎悪や苛立ちにゾクゾクする、あの綺麗な顔が歪むそのときが好きだ。そんな俺。俺は普段の女のように綺麗な顔立ちで神童に笑いかけるあの顔は、嫌いだ。あの顔の蘭丸には俺は写らない、神童だけが映し出される。
俺を見ているのは、あの目のときだけだ。

(神童しか映さないから、俺なんかに腹いせするようになんのに)

そう思いながら俺は絶対にそのことは言わない。

ため込んだストレスの吐き場でもいい。神童には見せられない聞かせられないことをぶちまける対象でいい。滑稽でいい。もとから永遠にあの瞳にうつることなどなかったのだ。憎悪の対象に、お前の虚像に喜んでなろう。
その目に俺が映るのなら。

「らしくねぇな」

ポツリ呟くと、傷がチクリと痛んだ。







愛をうたう



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