ジリジリと射すような日差しの夏の朝だった。周囲を囲む木々から蝉がうるさく鳴き出すおひさま園に緑川の叫び声が響いた。
「ヒロトのバカッ!」
「…は?」
その怒鳴り声を聞いた晴矢は驚いた。あの小さい子どもの前だろうがどこだろうが所構わずいちゃつくバカップルが喧嘩?
嫌な予感しかしなかった。
「面倒なことになるなよ…」
ため息とともに晴矢はそう呟いた。
「ヒロトのバカッ!」
勢いで言ってしまったときには遅かった。口から出た言葉は取り戻せず、ヒロトが驚きと悲しさの入り交じった表情で緑川を見た。いつもの緑川ならその顔でほだされていただろう。だが、ヒロトに対する苛立ちがそう感じるのを拒んでいた。
(これでヒロトが少しでも変わればいいさ)
むしろそんな意地悪な気になった。
「緑川、今のはどういう意味だい…?」
明らかに苛立ちを帯びたヒロトの声。
そんな声に臆することなく緑川はフンと鼻で笑った。
「別に言葉通りだけど?」
売り言葉に買い言葉。まさにその言葉が当てはまるような2人の喧嘩。そもそもの原因はヒロトにあった。
2人が正式に付き合いだしてからと言うもの、ヒロトの緑川に対する過剰な態度はひどくなった。もとからヒロトは緑川にたいして過保護ではあったけども、付き合いだしてからは過保護では収まらないような行動をしていた。例えば緑川がどこへ行くにも「俺も行くよ、リュウジ」と付いていき、また緑川が寝ようと毛布を上げるとなかには既に準備万端なヒロトが待っていたり。最初はまだ緑川も我慢していた。だが、これが続くとなかば監視されているような己の状況にイライラしだし、ついに今日、目を覚ましたらなぜかベッドから追い出したはずのヒロトが隣で寝ていることで堪忍袋の緒が切れたのだった。
突然怒りだした緑川に最初は焦っていたヒロトも、訳を聞いてからは呆れたというように首を降りながら持論を展開していった。
曰く緑川はかわいすぎるから俺が守っているのだと、緑川のためなのだと。
「緑川は可愛い俺の恋人なんだから、俺に守られてくれよ。」
…誰が守る気だ、一番お前が怖いんだよ!
…冒頭に戻る。
緑川はヒロトに謝る気が無いのを見てとると、これ以上話しても無駄と思った。
「…とにかく今日は一人で過ごすから。」
それだけ言って、部屋のドアを荒々しく閉めた。
「…って飛びだしてきたけど…おひさま園の中にはいられないよね。」
中にいるかぎりヒロトと顔を合わせるはめになるだろう。
「いいやもう。一人で遊びに行こうっと!」
久々に一人きりで外へ遊びにいく。相手を気にしなくていい外出はいっそ清々しかった。
(あ〜あそこのケーキ屋美味しいよなぁ!こっちのプリン屋にも行かないと!)
行き先を自由に選んで自由に決められるのは楽しかった。緑川は鼻歌でもうたいだしそうな気分で歩いた。
(行き先が決められるっていい…!いやでも、)
ヒロトと遊びに行くときも勝手に目的地を決めていたのは自分だった。ヒロトはいつだって自分のワガママを笑顔で聞いてくれていた。そう考えると今の自分と普段の自分があまり変わってない気がしてくる。
(いやでも気を使わないから楽だし!)
…普段から気を遣うことなどないのだか。
そのことに気づかない振りをして緑川は目的地の選定に没頭した。
やっと二三ヶ所に目的地を絞った緑川がケーキ屋についたのはかなり時間がたってからだった。頭の中で目移りしていたし、何より緑川が優柔不断なのが原因していた。悩んでいる時はいつもヒロトが決めてくれていた。
(…俺かなりヒロトに依存してたんだな…)
そのことで沈んだ気持ちも、ショーウィンドを見た瞬間に吹き飛んだ。
あかい苺をしろいクリームの上にちょこんとおいたショートケーキ、見るからにふわふわのシフォンケーキ、さくさくのタルトレットの上で色とりどりのフルーツが輝くフルーツタルト…どれもこれも美味しそうなものばかりだ。
緑川はこれでもかというほどに幸せそうな顔をしながらケーキを見つめた。
「あ〜いつだって迷うんだよね…ここのケーキ全部美味しいからどれか1つなんてそんな…!!ね、ヒロトはどうする?」
そこまで言って、さらに後ろまで振り返ってから緑川は自分が今どんなに変な人なのかに気付いた。顔から湯気がでるほど顔を赤くさせながら、とにかくここを早く離れたくて急いで数個のケーキをチョイスした。
「ありがとうございましたー」
店を出てなお緑川の顔は赤いままだった。焦っているせいか足は自然と早足になる。意味もなくヒロトのバカと心の中で繰り返し唱えていると、いつのまにか目的地とは反対にある公園の前に来ていた。
「…あーあ…なんで来た道逆戻りしてるんだよ俺のバカ…」
急に脱力感を覚えて近くのベンチに座った。小さな公園だからか人は誰も居なかった。無人の公園に容赦なく浴びせられる真夏の日差し。ケーキが傷んでないかと心配になり、小箱のふたを開けた。
中に入っていたのは、到底一人では食べられないような量のケーキ。どうやら焦った自分は欲望に忠実な買い物をしたらしい。ぎっしりと詰められたそれを見て、リュウジは諦めたように笑った。
「仕方ない…これは一人じゃ食べきれないしな、うん。仕方ない」
一人じゃ無理なのだったら二人で食べるしかないなぁ
誰もいない空間に向けて放ったはずの言葉は意外なところからの返事をもらった。
「それで誰と食べるの?」
ほんの半日ぶりくらいだろうにひどく懐かしいような気がする。緑川はゆっくり後ろを振り返った。
「…仕方ないからヒロトと食べてあげるよ。」
なんだかんだで、やっぱ俺ヒロトといるといいみたいだから!
そうわざと大声で言ってニッと笑うと、目の前の顔が苦笑した。
「はじめからそんなこと分かってたよね。」
そういいながらヒロトは緑川に近づいて、だきよせた。
耳元で小さく囁く。
「でもいまの俺にも緑川が特に必要なんだ。」
緑川が首をかしげると、ヒロトは手にした小箱を高くあげて見せた。
「二人で仲直りしようか」
そこには同じケーキ屋の箱があった。
緑川が大きく噴き出すと、つられてヒロトも照れたように笑った。
2011813
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ツイッターでリクエスト募集をして書かせていただいたものです。
akeさんリクエストありがとうございました!!
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