どうしよう、どうしよう
3月13日由紀の頭の中は明日のことでいっぱいだった。話はちょうど1ヶ月前までさかのぼる。

2月14日 バレンタインデー
他所の国では聖人の殉職した日であっても、この国では恋人たちが甘いチョコレートを贈りあって愛を確かめあう日だ。日本中のカップルが浮き足だつこの時期、由紀も例外なくうきうきしていた。なんといっても夏彦と付き合いだして初めてのバレンタイン。
( 夏彦くんはあんまり甘いの好きじゃないからビターチョコを使ったトリュフかな…生チョコもいいかな)
たくさん雑誌も本もチェックしてぬかりなくチョコを作る練習もして。安心していたのに。それなのに。由紀はバレンタイン前日に風邪を引いてしまった。
お見舞いにかけつけてくてれた夏彦に由紀はひたすら謝った。

「夏彦、くん…ごめんね、ごめんね…」

「いいって別に。俺は由紀さえ隣にいて笑ってくれりゃいいの。だから早く元気になれよ由紀。」

そう夏彦から言われて顔が真っ赤になるくらい嬉しかった。と、同時に申し訳なくって仕方なかった。だから由紀はホワイトデーはちゃんとしようと決めていた。だけど今になって、ホワイトデーに私があげるのはおかしいんじゃないのかとか、ホワイトデーだけどチョコでいいのとかいろいろ考えはじめて、結局何もせずに今日に至ってしまった。

慌てて朝からレシピを調べて作ったのはマカロン。カラフルで丸くかわいらしいそれはホワイトデーの定番で、成功すればきっと夏彦が喜ぶだろう。そう思って悪戦苦闘して丸一日かけて作ったマカロンは、なぜか綺麗な丸にならず色もくすんでしまった。少なくとも由紀が思い描いていたマカロンとは違っていて、由紀は悲しかった。

(やっぱり私なんかじゃ作れないのかな・・・失敗・・・)

手元にあるマカロンは人に贈れるものではない、ましてや相手が夏彦であればなおさらだ。しかし時計はすでに七時をさしていた。今から作り直すのは難しい。

どうしよう。

由紀はほとんど泣きそうになりながら手の中のマカロンを見つめた。

****
どうしよう

夏彦は「ホワイトデーフェア」と書かれたのぼりのある売り場で真剣に考えていた。
先月のバレンタインは由紀と付き合って初めてのバレンタイン。バレンタインにかこつけてデートをしたりして存分に由紀を堪能するつもりでいた。そんなときの突然の由紀の風邪。当然計画や儚い期待はすべて消えた。そんな夏彦に対して病床の由紀はひたすらに謝った。

「夏彦、くん・・・ごめんね、ごめんね・・・」

私なんでこんなときに風邪ひいちゃったんだろう、と自分を責めている由紀。
そんな由紀に対して夏彦は

「いいって別に。俺は由紀さえ隣にいて笑ってくれりゃいいの。だから早く元気になれよ由紀。」

といつにもまして甘ったるい言葉を言ってのけた。もちろんその言葉に偽りは何一つない。夏彦にとっては由紀が世界の大部分を占める存在なのだ。由紀の笑顔に比べたらバレンタインなどどうでもいい。
しかし、がっかりしなかったのか、という問いにノーとは言えない。あの恥ずかしがり屋の由紀がどんな顔で、声でチョコを渡すのか。そればかりここ半月ほど考えていたのだ。愛する人のチョコが欲しいのは誰だって同じだ。

だから、明日のホワイトデーにひそかに期待していた。由紀のことだ。俺に悪いと思って何か用意するはずだ。そう夏彦はふんでいた。だが世間的にはホワイトデーとはバレンタインのお返しをする日、つまり男が贈り物をする日なのだ。(日本では、だが)

俺だって由紀を喜ばせたい。

そう思ってなにかやろうと決めたのはずいぶん前だが動いたのはつい昨日からだ。そのせいか、何をあげたらいいのかさっぱり見当もつかない。こういうとき、自分の出不精で何でも面倒くさがる性格は嫌になる。
ひとまずデパートのホワイトデーコーナーを見て回って見たが、置いてあるのはありきたりな菓子や装飾品ばかり。由紀にあうようなものでもあまり高いものは買えず、困りきっていたところだったのだ。

「・・・はぁ、こんなことなら誰か女連れて来ときゃな・・・」

そう夏彦がうめいて首を回したとき、視界の端にシルバーの光沢が入った。目を向けてみると、シルバーのキーホルダーがそこにはあった。

「へぇ。意外と良いかもな。」

シンプルなそれは由紀が好みそうな物だった。品が良く落ちついているそれは由紀の携帯にも映えるだろう。

「これにすっか。」

夏彦はきらきら輝くそれを満足げに見つめた。

****

銀のシンプルな外装の小箱に一つ一つしまいこまれたマカロン。マシなものを選びぬいたことと箱のおかげで、綺麗にまとまっていた。

あとはこれをいつ渡せばいいのか。

由紀がそう悩みながら箱を机の上に置いたとき、携帯にメールが届いた。そのメールの着信音はたった一人専用のもので。携帯を両手で包みこみようにして由紀はメールを見て、そして、

「・・・!」

驚いた後、顔を赤くした。

****

白いシンプルな細長い小箱。夏彦はその蓋をあけて、中を確かめた。これで由紀を驚かせられるだろう。

あとはこれをいつ渡そうか。

夏彦は小箱を机の上に置いて、しばらく考えた後に携帯をとった。

『明日、朝一緒に学校へ行くから。迎えは7時半』

これだけのメールできっと由紀は分かってくれるだろう。夏彦は携帯を閉じて笑った。

****

「おはよう、夏彦くん」

「おう。」

朝の眩しい光の中で緑が柔らかく見える。間違いなく春が近付いている住宅地の中を二人で並んで歩く。誰も自分たちと同じ制服の奴はいなくて、それだけでなんとなくいつもより由紀に近づけて話せてると夏彦は思った。

「あのね、夏彦くん。」

「ん。」

「夏彦君ってほんとに私がすること全部わかってるんだなって思った。」

「当たり前だろ。由紀のことが好きなんだから」

「・・・ありがとう。」

仮面の下の素顔を見なくても分かる。由紀はいま凄く綺麗に笑った。それでなんとなく夏彦はドキドキしてしまってまっすぐ由紀が見れなくなった。そのまま会話が途切れて、結局学校に着くまでお互い黙って歩いた。

誰もいない朝の教室で二人して窓に寄りかかった。由紀は頭一つ高い夏彦を見上げてゆっくり話し出した。

「こないだのバレンタイン、私が風邪引いちゃって台無しだったね。私夏彦くんにチョコをね、渡したかったのに。」

そこまで言って由紀は下を向いて自分の制服のリボンを見つめた。なかなか自分から「お菓子を渡したい」とは言えないのだ。ましてそのお菓子が失敗作なのだから。

二人の間に沈黙が少し流れた。まだ肌寒い三月の風が吹き抜ける。

「・・・じゃあ、いまくれよ。」

沈黙を破ったのは夏彦だった。

「どうせ持ってきてるんだろ?俺だって由紀から貰いたかった。」

「・・・うん。」

(本当に何もかもお見通しなんだなぁ、すごいね夏彦君)

由紀は顔に幸せな笑みが広がるのを感じながら箱を手に持った。そして、

「遅く、なりましたけど、受け取ってもらえますか?」

そういって箱をおずおずと差し出した。

夏彦は箱を受け取って、無言でリボンをほどいて中を見た。

「あ、あのね、それ一応マカロン、なんだ。失敗しちゃって。見えないよねマカロンに。ほんとこんなのしか用意できなくて「謝るな。」

由紀が申し訳なさでいっぱいになっていることを感じ取った夏彦はそう由紀を制して、マカロンを口には運んだ。
一口、二口。そして

「美味い。ありがとう。」

たった一言そういった。その一言は甘いものがあまり好きでない彼からの最大級の賛辞で、由紀は嬉しくて仕方なかった。

「美味しく食べてくれて、ありがとう。」

精一杯の気持ちを込めてそう返すと、夏彦は照れたように笑った。そして、由紀の手に白い細長い箱を持たせた。

「えっ、なに・・・?」

「いいから開けてみろよ。」

いぶかしく思いながら、言われるがままに包みを開いてふたを開けると、そこには銀の魚のストラップが入っていた。朝の光で眩しくきらめくそれを由紀は茫然と見つめた。

「これ、は?」

簡単な問いに夏彦は笑って答えた。

「俺も由紀を喜ばせたかったから。お返しは今日だろ?」

お返しの銀の魚は二匹が円になって相手を追いかけて泳いでいる。まるで自分と夏彦のようだと由紀は思った。魚は

「・・・私ばっかり夏彦くんから貰ってる。」

「俺は由紀からいつも元気もらってるからいいんだよ。」

「私もいつも夏彦くんから貰ってるもの。」

「そうか、じゃあ二人はずっと一緒にいたらお互い元気で過ごせるんだな。」

「なにそれ。」

「プロポーズだよ、俺なりの。」

「・・・じゃあ返事をしないとね。」

由紀は箱からストラップを取り出し、携帯につけた。

「・・・えっと、これが私の返事だよ。」

しばらく夏彦は黙っていた。由紀が反応して貰えないことに恥ずかしさを覚えて顔があげられなくなった頃、

ぎゅうっ

手を強く握られた。
驚いて夏彦を見ると、顔が由紀に負けず劣らず真っ赤で。

「・・・それはズルイだろ由紀」

なんていうものだから由紀もますます顔を赤くした。



ホワイトデーだなんて真っ赤な嘘

(だって俺も由紀もこんなに顔が真っ赤なのに)









「魚」の大山ろく様へ捧げます!サイト開設二周年おめでとうございます!記念文遅れて大変申し訳ありません。いつも素敵な文章にうっとりさせていただいています!これからも頑張ってください!

11/3/20 頭がぱーん オカ

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