自動ドアのなかにはいると病院特有の消毒液のにおいが鼻についた。12月の病院はまさに師走で看護婦が忙しそうに動き回っていた。 そんな様子を見ながら不動は何も考えられず、ただボーっとしていた。今日から入院だというのがいまいちピンとこないのだ。自分ではそんなに悪いとは思えないがどうなのだろうか。しかし不動にはこれから始まる入院生活への不安よりもしばらくの間サッカー部をやすんでサッカーから離れることへの不安の方が大きかった。 「不動明王くーん」 名前をよばれて振り向くと看護婦に手招きされていた。 「さ、行きましょう。」 母親に急かされ、不動はしぶしぶ立ち上がった。 「不動くんの部屋はここです。二人部屋で、相手は同じ十四歳だから仲良くね。」 看護婦に案内された部屋はたった二週間入院するにはやけに豪華なドアの部屋だった。 (なんかあるな…) そう不動が思っていると、案の定母親からよばれた。 「この部屋にはお父さんの大学の同級生でこの病院の院長の息子さんが入院してるから、仲良くしてあげてね?なんでもずっと入院してて友達がいないらしいのよ。」 (はいはい、どうせ親父の人脈づくりのためになんだろ) 勤務医である父は出世のためにコネを作ろうと必死だ。大方今回の入院もそれに利用されただけだろう、と不動はげんなりした。 「まぁ、とにかく中に入りましょうか」 そう看護婦に促されてドアを開けると、そこは二人部屋にしては広すぎる、病院というよりホテルといった方がいい空間がひろがっていた。 そしてそこには窓側のベッドに寝て外を眺めている奴がいた。 「きどうくん?今日からあなたと相部屋になる不動くんを連れてきたわよ。」 きどうとはどう書くのだろう、そう考えていると、その"きどうくん"がこちらを向いた。 赤い瞳、性格がキツそうなつり目、茶色い髪… 何もかもが不動の想像していた「体が弱い大病院の坊っちゃん」とは違っていた。 「…ふん、うるさくするなよ。俺は一人がよかったんだ。」 そして、中身も。 「おーおー言ってくれるじゃねぇの、きどうくん?」 「やめなさい、あきお!」そのあからさまにこちらを馬鹿にした響きについイラッとして言い返すと母に制されてしまった。 (…チッ、こんなやつと二週間一緒なのかよ) もともと良くなかった機嫌は一気に最底辺まで下がってしまった。 「じゃあ説明があるのでお母さんはこちらへ」 「分かりました。…あきお、ちゃんと挨拶するのよ分かった?」 パタン 看護婦と母がでていったドアが閉まって二人きりにされた部屋のなかは気まずい雰囲気だった。きどうはまた窓の外を眺めだしている。 (ハァ…かったりー…) 特に話すこともなく、手持ちぶさたになった不動は自分の荷物を整理しようとバッグを開けた。 「あー…タオル…ジャージ…漫画…」 「…おい、煩いぞ。静かに整理も出来ないのか。」 一人呟いている不動に向けてきどうが刺々しい言葉をぶつける。 「別にいいだろ、無視してろよ。…あ、あったあった」 きどうの言葉を流した不動が取り出したのはサッカー雑誌だった。何冊もだしてベッドサイドの机に積み上げて、一番上の雑誌をとってパラパラめくっていると、 「おい、あー…不動?」 いままでとは少し違う声で呼び掛けられた。 「なんだよ?」 「いや、その、それ…」 その視線の先に目をやるとそこには積み上げられた雑誌の山があった。 「…なんだよ、読みてぇのかよ?」 山から振り向いて聞くと 「いいのか!?」 いままでとは違う素直な顔と声のきどうがいた。 「いいけどよー…」 本を渡すと、キラキラした目で表紙を見ている。そして顔をあげて、そのキラキラした目でこちらを見た。 「お前はサッカー好きなのか?」 「まぁ、サッカー部に入ってるしな」 「そうか…サッカー部か」 妙に嬉しそうな笑顔がなんとなくくすぐったくて不動は顔をそらした。 (さっきと違いすぎるだろクソッ、なんで顔が赤くなるんだよ!?) ぐるぐる頭の中で嬉しそうなきどうの笑顔が回るそんな不動に寂しげな声が聞こえた。 「俺も、入りたかったなサッカー部。」 寂しそうに表紙のサッカーチームをながめるきどう。 「それにもう一度サッカーがしたい」 (そうかこいつは、サッカーなんてできねぇのか) あんなに楽しそうに嬉しそうに雑誌を読んでいたのに。 そう気付くとなんとなくそれまで以上に相手が気になってしまった。 「なぁ名前、なんての?」 「俺はきどうゆうとだ。そういうお前は、あぁ、たしか不動明王だったか。」 一度聞いただけなのに覚えていることにおどろきつつきどうのベッドサイドの椅子に座ってさらに尋ねる。 「漢字は?」 「鬼の道だ。」 「ひっでーな、その言い方」 「これ以外にどう説明しようがあるんだ。お前こそどう書くんだ。」 「俺ぇ?俺は不動明王(みょうおう)とかいてふどうあきお、だぜ?」 「おまえこそかなり特殊な説明だろう」 こんな淡々とした会話もなんとなく嬉しい。 思った以上に鬼道との生活は楽しくなりそうだ、と不動は思った。 |