短編 | ナノ

Novel
Short Story

 長い長い無自覚な両片思い期間を経て、ようやく気持ちを伝え合い恋人同士というやつになって初めてのバレンタイン。今までは無邪気にイベントごとに便乗してチョコくれよなんて言っていたが、今年はどうしたら良いんだろうか。エースは考え過ぎて知恵熱が出そうになっていた。恋人なんて居たこともないし、クラスの女子からチョコを貰ったことはあるけどあれは美味しそうに食べるエースに対する餌付けに近いとサボからは言われていたし。

 つまり、何が言いたいかってエースは本命チョコってやつの贈り方を知らなかった。
 なんせ自分がそういう意味で愛されることなんてないだろうと思っていた幼少期のこともあって、そういうものには疎いのだ。恋人同士の過ごし方、なんて話題には特にである。何なら避けていたと言ってもいい。それに相手は自分より年上で経験豊富であろうスモーカーだ。彼の歴代の彼女たちに勝てる様な物を用意出来る自信がエースにはなかった。コンビニやスーパー、百均に挙げ句の果てには薬局に行ったって、バレンタインの特設会場や関連グッズが集められたコーナーがある。頼りのサボに聞いたって「エースが一生懸命考えて用意した物なら何でも喜ぶんじゃないか?」としか言ってくれない。そんなことエースだって悟っている、あの年上の恋人はエースにひどく甘いのだ。でも、だからこそエースは困っている。まだ愛情表現が下手クソなエースにはバレンタインの贈り物すらハードルが高かった。

 一方、スモーカーの方もバレンタインの贈り物について頭を悩ませていた。
 覆せない年の差がある以上、贈り物に使える予算があまりにも違い過ぎる。それだと、存外気を遣うそばかすが可愛い彼の恋人は気にしてしまうんじゃないかと…そう思い至って相手の財布事情について考え込んでいたのだ。そういう関係になってまだ一年目というのもまた塩梅が難しい。流石にいきなり高い贈り物も、重たく感じる様な贈り物も出来ないだろうとああでもないこうでもないと見て回っては、どれもこれもどうにも決め手に欠ける。本当はサッサと少し荒れて筋張った左手の薬指に予約の印を送りたいのだが、流石にまだ早いだろうともう少しグレードを下げた物…と考えれば、今度は選択肢が多過ぎて迷う。やっぱりオーソドックスにチョコが良いだろうか…薔薇の花では意味が通じなさそうな気もする。デパートの特設コーナーへ行って面白い形のチョコを買ったらあの兄弟は喜びそうだな…と考えたスモーカーは、一先ず一年目だから消え物のチョコと決めた。

* * *

 こうして悩みに悩んだ一組のカップルが、いよいよ迎えたバレンタイン当日。
 悩み過ぎてちょっとクマが出来たエースは、結構な予算を準備していたのに結局恥ずかしくてバレンタインコーナーにすら行けないまま、コンビニのレジ横にあった小さなチョコを一粒、握り締めていた。同じコンビニで買うにしても、せめて特設コーナーにあるお洒落でちょっと高い奴が買えれば良かったのだが、考え過ぎて沸騰していたエースの脳みそではこれが精一杯だった。

 スモーカーからは「せめて晩飯くらいは二人で食べるか」と誘われていて、今は玄関先で迎えに来てくれるのを待っている状態。もう今更新しいチョコを買うのも難しい。ちょっと泣きそうだが、何も渡さないよりはマシの筈だと自分を鼓舞する。渡すタイミングも分からないが、もしかしたらスモーカーも用意しているかもしれない…ふとその可能性に気付いたエースは顔を赤くしたり青くしたりと一人で忙しなくなった。絶対良い物をくれるであろう相手にこんな一粒百円もしない様なチョコを渡す?それって拙いのでは?一気に駆け巡る思考に、寒い筈なのに汗までかいて来た。

 こんなことで呆れたりする相手じゃないのは分かっているが、あまりにも釣り合いが取れないよな!?なんて更に焦り出したエースを追い詰めるかの様に、外からは聞き慣れたエンジン音。スモーカーが迎えに来てしまった。もうどうとでもなれ!と少しヤケになったエースは何時もの様に助手席に座ってシートベルトを締める。渡し方も釣り合いの取れなさも何も解決策を見出してないけど、仕方がない。腹を括ってこのチョコを渡そう…そう考えて取り敢えず握り締めるのをやめたチョコをポケットへと移動させた。

 ご飯はカトラリーが並べられると緊張するエースに気を遣ったのか異国情緒豊かな雰囲気のメキシコ料理のお店。スモーカーが言うには「ここの肉類はうめぇ」らしい。エースには良く分からなかったからスモーカーが適当におすすめらしい料理を頼んで行く。その時二人で一緒にメニューを見ながらエースが気になった物も一緒に頼んでくれた。食べ物を目の前にすればまだまだ育ち盛りのエースはあれだけ悩んでいたことも忘れてお腹いっぱいになるまで色んな物を食べる。それをスモーカーは微笑まし気に眺めながら自分もどんどん食べて行った。

 そうやって楽しく食事をして、デザートまで食べ切った後、会計を済ませて帰ろうとした時のことだ。ふとバレンタインチョコの存在を思い出したエースは、もう雰囲気とか知らねぇ!とばかりにお店を出たばかりで財布をしまっている途中のスモーカーに「ん!」とチョコを握った拳を突き出した。一瞬戸惑ったスモーカーは財布をポケットにしまってからエースの拳の下に手のひらを向けて受け取る姿勢になる。その顔は既に嬉しそうで、エースは照れ臭くてどんどん顔が熱くなって行くのを自覚しつつ、向けられた手のひらにどうにか一粒だけ買えたチョコを落とす。どう見たって安物で、プレゼント用の包装すらされてないそのチョコを大切そうに受け取ったスモーカーは、滅多に見せない満面の笑みで「ありがとうな」と言ってくれた。それが嬉しくてエースも礼を伝える。

「いっぱい、いっぱい考えたんだけどよ…俺にはそれが精一杯だった。がっかりしないでくれてありがとうな」
「まあお前から貰える物はなんだって嬉しいからな。それに、ここ最近ずっと俺のことを考えてくれたんだって思えば余計にな、恋人冥利に尽きるってもんだろ」
「…そうか?」
「ずっと俺のことを考えててくれたんだろ?その時間も嬉しんだよ、ありがとなエース」

 頭を撫でながら甘やかす様にそう言うスモーカーは本当に嬉しそうで、その言葉に嘘がないことが声音だけでも分かる。照れ臭いけれど、小さなチョコ一粒だけだけど、買って良かったと一安心していたエースに今度はスモーカーが言う。

「俺もギリギリまで迷ったんだがよ、今年は見た目が面白いモンにしてみた。バレンタインは毎年あるからな。ほら、コレ」

 そう言ってスモーカーが差し出して来た小さな袋には鉱石を模った様なチョコ。その中のオレンジと赤が混ざった様な物を指差して「このチョコがお前っぽいなと思ったら買ってたんだ」と伝えてくれるスモーカー。見た目からも少年心を擽る綺麗なチョコにエースはついついはしゃいでしまう。

「おっもしれぇな!今こんなんもあんのか!なぁ来年は一緒に見に行こうぜ。俺一人じゃあのコーナーに行くには勇気が足りねぇんだよ」
「良いな、じゃあ来年は一緒に選びに行くか」

 そうやって小さな未来の約束を交わす。二人で車の中で開けて食べあったチョコは、エースの物は握り締め過ぎてちょっと溶けていたけど、それすら「お前らしい」と笑って受け入れてくれたスモーカーに安心する。来年はもっと楽しく悩めるんだろうと、何となくそう思いながら、残り僅かな二人っきりのデートを楽しんだ。


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