「模木さんと松田さん、申し訳ないのですが少しこちらを手伝って頂けませんか?」
ドアの向こうから顔だけを少し覗かせてそう呟いたのはワタリさん。どうやら、膨大な書類が入ったダンボールの箱を整理する力仕事らしい。
「あ、わたしも、」
私もやりますと立ち上がったのを、静かにワタリさんに止められた。
「なまえさんは、竜崎に紅茶を淹れて差し上げて下さい。そろそろ砂糖もなくなりそうです」
そう言って穏やかに笑うワタリさんの優しさに胸が暖かくなるのを感じた。力仕事だからきっと私を外してくれたんだろうなぁということがなんとなくわかる。そういうワタリさんの紳士なさりげない優しさは、いつも心を暖かくしてくれる。
そのまま立ち上がって、キッチンへと歩く。キッチンからは僅かにゆらゆらと揺れる竜崎の髪の毛が見えて変に胸がくすぐったくなった。
なに、してるんだろう?
竜崎は回転イスに、お馴染みの三角座りで天井を見つめながら前後にゆらゆら揺れていた。せっかく2人きりなのだから何か竜崎と話がしたいな、なんて思ってしまうのは、どうしようもなくその後ろ姿が愛しいから。
うーん、せめてこっち向かないかな…むくんだ竜崎!竜崎さーん!
心の中で念じてみるもやっぱり竜崎がこちらを向くはずもなくて、なにやってるんだかと苦笑しながらポットにお湯を注ぐ。淹れたばかりの熱い紅茶と手作りのマフィンをお皿にのせ、竜崎の後ろまで来たときに、ふと違和感がした。
あれ、私に気付いてない…?
紅茶とマフィンをのせたトレイを持ったまま、そろりそろりと竜崎に後ろから近づいていく。
竜崎との、距離まであと30センチ。それでも一向にゆらゆら揺れながら天井を向いたまま気がつかない竜崎を、さすがに少し不安に思って、ひょいと上から顔を覗き込んだ。
「竜崎?」
ガタンゴロゴロドサッ
「りゅ、竜崎っ!?」
竜崎の顔を覗き込んだ瞬間に、彼は目を見開いて、ぐらりと後ろ向きに大きな音を立て盛大に倒れた。
「大丈夫ですかっ、ごめんなさい…!」
どどどどうしよう、世界一の頭脳が私のせいで…なんてことになったら!
「大丈夫です、びっくりしました」
倒れたイスを起こして また、のそのそとその上に三角座りをする。
「ごめんなさい、こんなに驚くとは思ってなくて…」
「いえ、なまえさん、ずっとここに居たんですか?」
「はい。でも竜崎、捜査のこと考えてる時って本当に真剣ですね。こんなに近づくまで気付かないなんて!」
そう言って、にこっと笑うなまえに、竜崎は何故か急にぴくりとも動かなくなった。
「…どうかしました?」
「何でもありません」
そう言ってくるりとイスを回転させてなまえに背を向ける。
「竜崎、さては何か隠してますね」
「……隠してません」
微妙な間を聞き逃さなかった。
「もしかして、人に言えないようなことでも考えてたんじゃないですか?」
冗談のつもりで言った言葉に、竜崎の肩がわずかに反応する。
「え、ほんとに…?」
「なまえさんには秘密です」
「そ、そんなこと言われたら気になります!」
教えてくださいと少し焦った顔の彼女を横目でちらりと見る竜崎の方が、実は心穏やかではなかった。お馴染みの三角座りをして、ゆらゆら揺れながら、彼が考えていたこと。それはなまえの事だった。あの笑顔を見ると胸の奥の方から、感じたことのないようなそれがこみ上げてくるのを感じている自分。気がつけば彼女を目で追っていた。
どうかしている。自嘲気味に、竜崎にしては珍しくそんな事をぼんやりと考えていたら、いきなりなまえが自分の顔を覗き込んできたものだから一瞬自分の思考から彼女が出てきたのかと思うほど、驚いてひっくり返ってしまった。
「竜崎、何考えてたか教えてください」
「いやです、秘密です」
言えるわけがない、
ずっと貴女のことを、考えていただなんて